禅の庭の美は、人間関係に応用できる/枡野俊明(5)

pixta_22957596_S.jpg職場、恋愛関係、夫婦関係、家族、友人...。毎日自分以外の誰かに振り回されていませんか?

"世界が尊敬する日本人100人"に選出された禅僧が「禅の庭づくりに人間関係のヒントがある」と説く本書『近すぎず、遠すぎず。他人に振り回されない人付き合いの極意』で、人間関係改善のためのヒントを学びましょう。今回はその第5回目です。

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前の記事「京都の西芳寺は「脱俗」を体現している/枡野俊明(4)」はこちら。

 

◇自分の心を感じとる内に向かう精神性

禅でいう「静寂」は、深い森のなかなど、周囲にいっさいの音がない静けさのことではありません。街の喧噪(けんそう)のなかにも「静寂」はある。禅ではそう考えます。なぜなら、「静寂」は静か、騒がしい、という環境とはかかわりなく、自分の心が感じとるものだからです。

「動中の工夫は静中に勝ること百千億倍」

これは臨済宗の中興の祖といわれる白隠禅師(はくいんぜんじ)の言葉です。坐禅をしているときにはおのずから静かな心になる。しかし、それよりも、動いているときに坐禅をしているときと同じ心になれることがすばらしいのだ、という意味です。

なかなかその境地には到達できませんが、坐禅をするとたしかに「静寂」を体感することができます。すわっていると、心が安らかになり、静けさに包まれている感じになるのです。

しかし、周囲に音がないわけではありません。小鳥のさえずりや風の音が聞こえます。それがなんとも心地よいのです。自然の音が聞くともなしに聞こえてくる"静けさ"、それこそが「静寂」だと思います。

白隠禅師の言葉は、どこにいてもその「静寂」を感じられるように、修行に励みなさい、ということなのでしょう。「禅の庭」でも、「静寂」を感じられる場所をつくるようにしています。じっと佇んでしばらく景色を眺めていられる場所がそれにあたります。東屋(あずまや)なども、「静寂」を味わうには格好の場所です。

 

七つの美は人間関係も美しくする

ここまで、禅の七つの美についてお話ししてきました。気づいた人がいるかもしれませんが、それらは人間関係においても必要な要素なのです。「禅の庭」の美しさも、清々しさも、静けさも、穏やかさも、この七つの美に支えられています。同じように人間関係も、この七つの美を意識することによって、より美しく、深く、和やかなものになります。

人間関係に問題が生じるのは、調和が失われるからです。「禅の庭」はどれも、調和のなかで七つの美が息づいています。けっして調和を失うことはありません。人間関係を考えるうえで、「禅の庭」に学ぶことは多いのです。次の章からは、これら七つの調和を生み出す極意をいかにして人間関係に応用していくべきか、具体的にお伝えしていきます。

 

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枡野俊明(ますの・しゅんみょう)

1953年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、多摩美術大学環境デザイン学科教授、庭園デザイナー。大学卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行い、国内外から高い評価を得る。2006年「ニューズウィーク」誌日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。主な著書に『禅シンプル生活のすすめ』、『心配事の9割は起こらない』(ともに三笠書房)、『怒らない 禅の作法』(河出書房)、『スター・ウォーズ禅の教え』(KADOKAWA)などがある

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『近すぎず、遠すぎず。』
(枡野俊明/KADOKAWA)


禅そのものは、目に見えない。その見えないものを形に置き換えたのが禅芸術であり、禅の庭もそのひとつである。同様に人間関係の距離感も目に見えない。だからこそ、禅の庭づくりに人間関係のヒントがある――「世界が尊敬する日本人100人」に選出された禅僧が教える、生きづらい世の中を身軽に泳ぎ抜くシンプル処世術。

この記事は『近すぎず、遠すぎず。他人に振り回されない人付き合いの極意』からの抜粋です
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