「病気の名前は、肺がんです」。医師からの突然の告知。しかも一番深刻なステージ4で、抗がん剤治療をしても1年生存率は約30%だった...。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。残酷な現実を突きつけられても「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試して必死で生きようとする姿に...感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。過去の掲載で大きな反響があった連載の続編を、今回特別に再掲載します。
※本記事は刀根 健著の書籍『僕は、死なない。』から一部抜粋・編集しました。
※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。
【前回】「今度はちゃんと死になさい」がんから生還した僕に会社が提示した「奴隷条件」
繰り返される「苦しみ」
その日からまた体調が悪化した。
心の中で、例の『僕』が「裏切られた!」と叫んでいた。
「あまりにもひどすぎる。心から信じていたのに。1ミリも疑っていなかったのに。こんなに冷徹に切られるなんて」
「こんな状態の社員を切るか?普通じゃないよ!」
相変わらず、もう一人の『僕』が口をとがらせて文句を言っていた。
心の中で社長と言い争いをすることは少なくなっていたが、気づくと文句をたらたらと言っている『僕』がそこにいた。
僕は被害者だ。
僕は犠牲者だ。
こんなひどい目に会うなんて...。
ひどすぎる。
あまりにもひどすぎる。
僕は悪いことひとつもしていないのに...。
もう一人の『僕』は子どもっぽくつぶやき続けていた。
思い起こしてみると、僕は今までの人生の中でも、何度もそういう目に会っていた。
20代、商社マンだったとき、小さい正義感から部長に逆らって、他の部署に飛ばされた。
良くあるドラマみたいに、親会社から出向してきた上司に、プロパー(生え抜き)社員である僕が歯向かったのだ。
部長は僕を会議室に呼ぶと、勝ち誇ったように言った。
「刀根君、君はリストラだよ」
でも僕はへこまなかった。
それまでさんざん部長に逆らっていたから。
こういう報復人事もあると予想はしていた。
だから飛ばされた事自体は納得していた。
正義は我にあり、だ。
きっとわかってくれる人はいるはずだ。
しかし、僕の予想に反し、新しい部署で僕はまったく歓迎されなかった。
最初の朝は忘れられない。
「今日からお世話になります刀根と申します。よろしくお願い致します」
挨拶が終わると、さっそく新しい課長に会議室に呼び出された。
「刀根、お前の話はよ~く聞いている」
低い声と少し巻き舌で話し始めると、僕の目をにらみ付けて課長は言った。
「いいか、オレの目の黒いうちは、お前の勝手には絶対にさせないからな」
そんな漫画みたいなセリフのあと、課長は続けた。
「刀根、おれたちは塀の中の羊なんだ。サラリーマンっていうのは羊なんだよ。自分をわきまえろ。いいか、よけいな真似はするんじゃない。勘違いするんじゃないぞ」
そのとき感じた孤独感と理不尽感。
会社のためだと思って上司に抵抗したはずなのに、周りには全く理解されていなかった。
僕はそのとき若造で、まだまだ青かった。
なんでわかってくれないんだ。
悪いのはあの連中なのに!
その後、幸いそこから立ち直り、よい営業成績を収め、会社からとてもいい評価をもらったころ、僕は商社をやめた。
心理学のセミナーで出会った人と一緒に新しいジャンルのカルチャースクールを作ろう、と思ったのだ。
アロマテラピーやカラーセラピー、波動や気功、アートセラピーなど今ではポピュラーなものも、僕がそれを立ち上げようとした1997年には全く知られていないものだった。
当然、集客もままならず、そのうちに一緒に立ち上げた共同経営者とも上手くいかなくなった。
一緒に立ち上げた人は言った。
「私はほかにやらなきゃいけないことが出来たから、もうこれ以上は出来ないの、ごめんね」
商社を辞め、全てをかけて臨んだ仕事は、こうやって簡単に潰れた。
そこからいくつもの仕事を転々とした。
トラックの運転手をやっていた時期もあった。
そして空調機の清掃会社を立ち上げたときは、事業がうまくいき始めたときに、金に目がくらんだ仲間に裏切られた。
まあ、向こうの言い分もあるだろうけれど。
同じようなことが何度も起きる。
屋根に登ると、はしごを外されてしまう。
そして「裏切られた!」と叫ぶ。
どうして同じことを何度も繰り返してしまうんだろう?
人を信用しすぎるのか?
人が良すぎるのか?
それとも単なるバカなのか?
「どうしてこんなに裏切られてばかりなんだ」と、もう一人の『僕』は叫んでいた。
その日の晩、姉からメールが来た。
事情を相談すると返事が返ってきた。
「毎回、怒りながら爆死するってのが健のパターンだから、くれぐれも気をつけてね」
確かに、そうだった。しかし、僕は反論をした。
「でも普通、この状態の社員を切る?死にそうになってやっと戻ってきた社員を」
「それは健の『普通』でしょ。それは社長さんの『普通』じゃないのよ。健は自分の価値観で人を裁きすぎなのよ。健は健、社長さんは社長さん、別の人なんだから、別の考えがあって当たり前なのよ」
「まあ、確かにそうだけど...」
「もし健が私の会社の社員だとしても、きっと同じことになったと思う。それはしょうがないのよ」
「そうかな...」
「いい?社長さんには社長さんの言い分もあるの。会社の都合だってあるの。きっと健には言えないいろいろなことがいっぱいあるのよ。社長ってそういうものでしょ。辛いことだけれど、それを伝えなきゃいけないっていう役割でもあるのよ」
「まあ、そうだけど...」
「健はもっと心を広くして、自分だけの価値観じゃなくって、それ以外を受け入れて欲しいのよ」
「価値観...か」
「そう、あとね、もうひとつはね、なんでそんなおんなじことを何度も繰り返すかってことよ」
「まあ、そうだね」
「いつもそう。最後は『裏切られた』『許せない』って叫ぶの。どうしてそんなに繰り返すんだろう?」
「え?いや、よくわかんない」
「もしかすると、いや、たぶん、まだまだそこから学ぶことがあるってことなのよ」
「学ぶことが?」
「そう。でなかったら、こんなにおんなじこと繰り返さないでしょ。学んでないから、繰り返すのよ」
「学ぶって...何をさ」
「健はこの前、がんから生還してきたとき、それを引き寄せたって言ってたよね」
「うん」
「じゃあ、今回のことも同じことじゃない?」
「会社を辞めることを、引き寄せたってこと?」
「そう。健がまだ自分の中で気づいていないもの、何かそういうものが、今回の出来事を引き寄せたって考えられない?」
「まあ、引き寄せっていいことばっかりじゃないからね...理屈的にはそうなんだと思うけれど...」
「健がそれに気づいて、それをちゃんと学ぶまで、繰り返すのよ。卒業試験と同じ。試験に合格しないと、次のステージには行けないの。おんなじことを繰り返すのよ」
「う~ん」
「健の場合は『犠牲者意識』とか『被害者意識』ね。そこから気づくこと、学ぶこと、それがしっかりと終わらない限り、またおんなじことが起こるわよ」
「いやあ、それだけは勘弁してほしいよ。もうこんな目には二度と会いたくない」
「でしょ、じゃあ気づいて学ぶことよ。この体験からしっかりとね。これは健にしかわからない。私が言ってもしょうがないこと。しっかりと自分を見つめて、自分で解決しなさい」
「ああ、まあ、そうだね...」
電話の終わった後、しみじみと考えてみた。
犠牲者意識...。
被害者意識...。
そこから学ぶこと、か。
姉の言っていることは『頭』では分かる。
だけど...。
がんで死にそうになって学んだのに、まだ学ぶのかよ。
勘弁してくれよ...そう言っているもう一人の『僕』はまだまだ消えることはなかった。