亡くなった祖父が大事に育てた文鳥が失踪...謝る私に祖母がついた「優しい嘘」【みなさんの体験記】

「60代の男性です。生き物を飼っている方なら、誤って逃がしてしまわないように気を配るものだと思います。しかし、実は私、祖父母の大事な文鳥を不注意で逃してしまったことがあります。ところが、祖母はそんな私に『ありがとう』と言ったのです」

アラフォー、アラフィフ世代の女性を中心に、実体験エピソードを寄せてもらいました。年齢を重ねると健康や人間関係、お金などさまざまな問題が発生しますが...。あなたならこんな時、どうしますか?

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■体を壊した祖父の励みとして買った文鳥。一番懐いたのは私

私がまだ小学生だった時ですから、50年以上前、私が11歳だった1972年のことです。

私の家では父方の祖父母が同居していたので、両親よりも祖父母と一緒にいる時間が長いほどでした。

祖父はとても優しい人で、よく一緒に遊んでもらい、怒られたことなど記憶にありません。

祖父が亡くなる少し前、我が家では文鳥を飼い始めました。

「ピーちゃんっていうんだ。仲良くしてやってくれな」

そう言って祖父が目を細めて眺めていたのを覚えています。

その頃はもう体を壊していて寝たり起きたりの生活だった祖父のために、毎日の世話が励みとなるようにと祖母(当時63歳)が買ってきたものでした。

私は祖父と一緒によく文鳥の世話をしていました。

餌をやったり、水を換えたり、たまにカゴから出して部屋の中を飛び回らせたり。

祖父はそんな様子を嬉しそうに見ていました。

やがて文鳥はすっかり私に慣れて、手に乗って餌をついばむほどになっていました。

しかし、すっかり体調を崩してしまった祖父は入院してしまいました。

文鳥の世話は祖母と私の役割になりましたが、祖父が完全に昏睡状態に入ると祖母は病院でつきっきりになり、いよいよ文鳥の世話は私のワンオペ状態になりました。

祖父が亡くなったという話を母(当時40代)から聞かされたのも、文鳥に餌をやっていたときでした。

■「文鳥を逃がしてくれてありがとう」祖母の言葉の真意とは?

祖父が亡くなった後、祖母もすっかり元気をなくしてしまいました。

「文鳥を見ると祖父を思い出してつらい」と、文鳥は私の部屋で飼うようになりました。

文鳥はもうすっかり私に懐いていて、カゴから出しても口笛を吹いて指を伸ばすと止まるほどになっていました。

そして、祖父の月命日の日。

祖母は墓参りに出かけていました。

私はいつものように文鳥をカゴから出し、手乗り状態で餌をやっていました。

すると、文鳥が何かに驚いたのか突然羽ばたき、たまたま開けていた窓から外に飛び出してしまったのです。

慌てて口笛を吹き鳴らし、指を伸ばしましたが、あっという間に文鳥は見えなくなってしまいました。

泣きながら事の次第を告げると、母に叱られました。

「窓は閉めておくように言ったでしょ。おばあちゃん、がっかりするよ」

そこへ祖母が墓参りから帰ってきて、私は泣く泣く事情を話し、何度も謝るしかありませんでした。

すると祖母は、私の前で腰をかがめ、何かを思い出すような仕草をしました。

「ああ、あの文鳥はそういうことだったんだね。おじいちゃんのお墓のところに来ていたよ」

私はあっけにとられました。

「おじいちゃんに懐いてたからね、会いたかったんだろうねえ...そうかそうか、ウジ(私)がおじいちゃんの所に行かせてくれたんだね。ありがとうね」

そう言いながら、祖母は私の頭を撫でてくれました。

へえ、そうだったんだ、だからあんな急に羽ばたいたのか、と私は胸のつかえが下りる思いでした。

いま思えば「文鳥がお墓にいた」というのは嘘だったのでしょう。

でも私を追い詰めないように、祖母がついた優しい嘘はいつまでも心に残っています。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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