<この体験記を書いた人>
ペンネーム:みわちゃん
性別:女性
年齢:61
プロフィール:父のことがずっと大好きでいられることは幸せだなぁと思っています。
私にとってスーパーマンであった父が亡くなったのは、今から11年前、私が50歳のときでした。
父が大好きで、この世からいなくなることなど考えたことはありませんでした。
父とはよく2人でお酒を飲みに行き、酒場で知人に会うと「父娘で飲めるなんてうらやましいなぁ」と言われました。
そのときに父と話したいろいろな話題は今でも宝物です。
父は、私が生まれたときから育児日記をつけていてくれました。
命名の思いのところに書いてあったのは「聡明で優しい女の子になってね」です。
その言葉は、今の私の目標になっています。
父が亡くなったときは、底知れぬ喪失感に襲われましたが「パパ、私が一世一代のお葬式をするからね」と、強い決意が生まれました。
お金をかけた盛大な式ではなく、感謝の気持ちや思いを伝える愛に包まれた葬儀にしたかったのです。
遺影は那智の滝に行ったときに私が撮った写真です。
撮ったときは「なんて素敵な笑顔でしょう」と感じました。
「パパ、これ、遺影にするからね」と密かに思っていました。
父の半生をどのように伝えようか...。
たくさんのアルバムから写真を取り出し、その映像に合わせて曲を作り、PCの音源からオーケストラ編成にしました。
それを編集して動画を作り、式場で流しました。
また、父の大好きだったシューベルトの「アヴェ・マリア」をヴァイオリンとピアノで演奏をしました。
すすり泣く声も聞こえてきたので、どうやらみなさん、父と過ごしたときを思い浮かべてくれたのでしょう。
喪主のあいさつのときは嗚咽して話せないのではと思いましたが、いざとなるとしっかりするものですね。
父の姿は見えなくなりましたが、変わらず見守ってくれていることを感じています。
ちゃんと見送ってあげられたかなという達成感が、リスタートの背中を押してくれました。
後日、演奏した曲を1枚のCDにまとめ、会葬してくれた方々を訪ねました。
そこでは、私も知らなかった意外な父の姿をたくさん聞くことができました。
「いい式でしたね。お父さんはお嬢さんのことを本当に愛しておられたのですね」
式に参列してくださった方々は、口々にそう言ってくれました。
私のたくさんの思いを伝える式だったはずなのですが...。
みなさんそういう印象を受けられたのは意外でしたが、きっと父も喜んでくれたはず...そう思っています。
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