脳梗塞と脳内出血で障がい者となった60歳。「それでも働きたい」私の就労事情

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:トムワリ
性別:男性
年齢:60
プロフィール:現在60歳の障がい者の男です。

脳梗塞と脳内出血で障がい者となった60歳。「それでも働きたい」私の就労事情 74.jpg

私は今までに2度の大病をしました。

最初は2009年の12月に脳梗塞を患い、次は2014年に脳内出血を患っています。

脳梗塞の時は比較的軽く、半年間の入院リハビリで退院してすぐに職場復帰ができました。

しかし、次の脳内出血のときは重く、1年半入院してリハビリを頑張りましたが、右半身麻痺と構音障害(飲み込みができず、発声できない)、歩行困難という後遺症が残りました。

退院後は自宅でリハビリを続け、少しずつ体の状態が良くなってくると、今度は日に日に「何か仕事をしたい」という欲求が芽生えてきたのです。

何ができるのだろうかとケアマネジャーさんに相談したところ、もう少し体力をつけることと歩行の安定化を図るようにしようとのこと。

そこで私は、リハビリも兼ねて失業保険をもらいにハローワークに電車で行こうと思いました。

ケアマネさんは業務ルール上、ハローワークには付き添いができないらしく、一人で向かうことに。

そのときに感じたのは、ただ電車に乗るだけのことが、こんなにも恐怖と困難でいっぱいなのだということ。

ホームへの上り下り、電車の扉が開いている間での出入りに焦りました。

お願いすれば駅員さんが助けてくれるのですが、体力をつけるためだと思って、私は頼みませんでした。

一度成功すると自信がつき、それ以降は電車移動はスムーズになりました。

ハローワークでは失業給付金の手続きと障がい者の就職のことを相談しました。

そこで紹介されたのが、障害者就職支援センターです。

早速そこを利用することに決め、ハローワークにも就職支援センターにもずっと一人で通いました。

朝10時から昼3時まで通っていましたが、これといった仕事がなく、自由に過ごしていました。

物足りなさを感じて、その旨を就職支援に伝えると、B型就労施設を紹介されました。

B型就労施設とは、簡単に言えば年齢や体力的な理由で、普通に働くことが難しい方に軽作業の就労訓練を行う場所です。

紹介されたのは大きい施設で、喫茶店やパン店、介護付き有料老人ホーム経営なども手掛けていました。

そこで5年間お世話になり、その間に自宅で勉強していたパソコンを利用した働き口はないかとケアマネさんにも相談。

そして、見事に新しい仕事を見つけることができました。

そこは自宅から近いのですが、在宅ワークも可能とのこと。

最初の頃は眼精疲労と肩こりに悩まされましたが、無理しないで自分のペースでいいよ、と声をかけていただき、毎朝のZoomミーティングを楽しみにしています。

内容はデータ入力作業が中心で、ほとんどが若い方ですが、みんなに混じって私も頑張っています。

あきらめない心とやる気の大切さをこの年で痛感している今日このごろです。

人気記事:少しの間、高熱で寝込む息子との留守番を実母にお願い。帰ってみると...《石塚ワカメ》
人気記事:《漫画》67歳母がガン闘病中に「マンション買ってん」。完成間近に告げられた余命に涙...<前編>
人気記事:《漫画》新婦を差し置いて「この子にもドレス着せて」!? 結婚式場で見た義母と義妹の仰天行動<前編>

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
記事に使用している画像はイメージです。
 

この記事に関連する「みなさんの体験記」のキーワード

PAGE TOP