「お前なんか産まなきゃよかった!」子どもをあきらめた私たち夫婦の心をえぐった義母の言葉【漫画】

「私と結婚するまで、夫は浪費家の義両親に搾取され続けてきました。さまざまな出来事を経て、2人で生きていこうと義実家を出た私たち。しかし義両親はさらに追い打ちをかけてきました」
親や夫、子ども、友人に職場の同僚、ご近所さん...。アラフィフ女性を中心に、みなさんから寄せられた人間関係の「モヤモヤ」「スカッと」「泣ける」実体験エピソードを、過去の人気記事をもとにして漫画で再構成しました。この時、あなたならどうしますか?

私たち夫婦が知り合ったのは、夫が40代、私が30代後半のときのことです。

結婚と同時に私は退職し、夫の実家で同居が始まりました。

早く子どもがほしいと思っていて、周りからの期待も強く感じていました。

そんな中、年老いた義両親は年金だけでは生活できないものの、独身だった長男(夫)がいたので贅沢に生活していました。

車をそれぞれ所有し、節約とは無縁の生活だったようです。

私は一人暮らしが長かったので人並みの節約には取り組んでおり、義両親のだらしなさには同居と同時に驚かされました。

結婚して1年、子どもができなかったので不妊治療を始めた私たち。

とてもお金がかかることは覚悟していましたが、私の貯金から払い、なるべく家族の負担にならないように気を付けていました。

そのため、義両親のお金の使い方は少しずつ私のストレスになっていきました。

家の名義のことで義両親ともめることが増え、私の心が壊れかけたとき、夫は両親と話し合い実家を2人で出ることになりました。

夫曰く、義両親とは半分ケンカのようになって「出ていきたければ出ていけばいい」と言われたそうです。

長男を失った義両親は寝る間もなく内職をし、小さい車に買い替え、それでも生活が困難なので次は次男に泣きついたと聞きました。

私は同居が終わった解放感で気持ちが軽くなり、週に3日ほどのパートに出たり、不妊治療の講演会に出かけたり、親になる準備を楽しくしていました。

しかし、結果が出ないまま5年。

そろそろ今後のことを考えないといけない時期が来ていました。

すでに私は40代前半、夫は間もなく50歳。

治療がうまくいったとしても子どもが成人するときには夫は70歳。

成人した頃には親の介護を考えなければいけないとしたら、子どもは自由に楽しい人生を送れるだろうか。

年老いた私たちを気遣い、やりたいこともできずに縛りつけることにならないだろうか...。

治療にお金もだいぶ使ってしまっていたので夫婦で話し合い、治療をやめることにしました。

それからは自分たちの人生設計を考え、私は少し仕事を増やして貯金などを見直していました。

義両親と関わることもなく、穏やかに迎えた夫の誕生日。

話したくない人たちから電話がかかってきました。

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漫画:にーや/原案:「毎日が発見ネット」みなさんの体験記

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