【親友の急死】3人の子どもを残し、43歳で...。ふと思い出される友人のバイタリティ溢れる姿

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:うさぎ
性別:女性
年齢:50
プロフィール:更年期がそろそろ終わりのような気がしてきました。イライラと身体の不調が減ってきたように思います。

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2016年の1月3日のことです。

夕方、友人Aさん(当時43歳)のお母さん(当時65歳)から電話がかかってきました。

電話で挨拶をしながら「Aさんのお母さんだー。そういえば今年は年賀状が来ていないなあ...」と思いました。

Aさんのお母さんは、「Aは12月30日に亡くなったのよ」と言いました。

一瞬何を言っているのか理解できず「亡くなったって誰が...?」とパニックになりました。

Aさんの死因は脳梗塞でした。

子どもは3人いて、末っ子は幼稚園(当時6歳)だったと思います。

Aさんとは同級生で、卒業しても連絡を取り合い、お互い結婚してからも自宅に泊まったり会ったりしていました。

独身時代は、Aさんの自宅に泊まると必ずAさんのお父さん(現在75歳くらい)とお母さん(現在71歳くらい)が夕食に連れて行ってくれました。

連れて行ってくれる店が全て美味しい所ばかりで、海が近いこともありお魚も新鮮でした。

私はどちらかというと魚より肉の方が好きなのですが、ごちそうしてくれる魚が新鮮で臭みもなく、それにぴったりなお酒と楽しむと本当に美味しかったのです。

Aさんは大らかで、私の話を何でも聞いてくれるような人でした。

恋愛のこと、初めての仕事のこと、結婚する前の悩み、結婚してからのこと、何でも話せました。

Aさんからも彼氏のこと、結婚前の悩み、親のこと、仕事のことなど話は尽きず、2人で話をしていると時間がいくら合っても足りないくらいでした。

Aさんは「跡継ぎ」を条件に結婚相手を選ばないといけなかったので、ご両親と衝突もしていました。

婿を取る条件として、自分で家を建てたときは正直びっくりしました。

平成の時代でしたが、家を建てるのって女性に限らず大変ですよね。

そして、自分に合う男性と出会い結婚...。

すごくバイタリティのある友人でした。

その後、子ども3人に恵まれたのですから言うことがありません。

お互い子どもが産まれてから会う機会が減っていましたが、忙しいながらも安定していた生活だったと思います。

Aさんのお母さんから連絡を受けた数日後、他の友人と連絡を取り合い、Aさんの実家にご焼香に伺いました。

Aさんのご両親は、娘さんの早すぎる死でがっくりとされていて気の毒でした。

今でもお正月や空を見上げたときなどにAさんのことを思い出します。

コロナ禍で大変なときは「Aちゃん、大変だよー」と話しかけてしまいます。

コロナが落ち着いた頃に、ご両親のところに挨拶に伺おうかなと思っているこの頃です。

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