ワンマン校長の宿題でノイローゼに...小2で「死にたい」とつぶやいた娘

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ペンネーム:まどか
性別:女
年齢:54
プロフィール:現在高校生の娘がいます。今回、この娘が小学生の頃に苦しんだ宿題について書いてみました。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

それはまだ、うちの子が小学2年生だったころのお話です。私は娘に勉強を教えるのが楽しく、まだ言葉をうまく話せないような赤ちゃんの頃から勉強をさせていました。娘もかわいい市販のドリルをこなすのが楽しいようで、毎日何時間でも勉強を続けることができました。ですが、小学校2年生の頃に校長先生が替わり、ワンマンな校長先生になってしまったために、娘の小学校生活は一変して地獄と化してしまったのです。

校長先生の言うことには、他の先生たちが逆らえなかったのでしょう。小学校で、ある計算プリントをスタートする事になったのです。これは全学年の子供たちに毎日出される宿題で、学年に関係なく1枚50問の問題を全て解いて、自分で丸付けをして翌日提出するというものでした。

始めはものすごく簡単な問題からスタートしたのですが、それでも50問の問題数はあまりにも多く、担任の先生も、そのプリントがあるがために他の宿題を出せなくなっていたのです。算数の図形問題ばかりか、国語、理科、社会など、全くと言ってもいいほど宿題が出されなくなりました。

プリントのひどかったことはそれだけではありません。進み方に個人差があったため、クラスのいじめにも発展しました。うちの子がまだ簡単なプリントをやっていたのを、先に進んでいる男の子たちがのぞき込み、バカにしてきたのです。しかも相手は複数で、囲まれるような状態でした。

プリントをさぼれば翌日は2枚に増え、翌々日は3枚に。問題数で言えば50問から100問、150問と増えていきます。そんなプリントに娘は精神的にどんどん追い詰められていき、まだ小学2年生なのに「死にたい」と言うようになったのです。その後、娘が奇声を発しておかしくなってきたことから、「プリントから逃れるためには学校を休むしかない」と、暫く学校を休ませる事にしました。

そうなる前にも担任の先生に何度も話しましたが、校長先生が理解してくれないようで、プリントの枚数はたまっていくばかり。もう、学校に行かないという選択しか考えられなかったのです。

そして娘が4年生に上がるころ、嬉しいことに校長先生が他の小学校へ異動となりました。その後は計算プリントがなくなり、娘も楽しく学校に通えるようになり、国語、社会、理科の宿題も出されるようになったのです。娘は計算プリントのせいで勉強嫌いになってしまいましたが、最終的に元気を取り戻してくれて良かったです。

大人が勝手に決めたプランのせいで、子供は追い詰められてこともあります。きっと、家庭学習でも同じことが言えるでしょう。子供は「十人十色」です。「こうすればこうなるものだ」という考えが、全ての子供に当てはまるわけではありません。元気で幸せにすくすく育ってくれれば、それで十分なのだと思っています。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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