私にとって幸せとは?自立してはじめて気づいた幸せの形/中道あん

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中道あん
女性の生き方ブログ!50代を丁寧に生きる、あんさん流」主宰。Ameba公式トップブロガー。結婚22年で夫と別居。自立した人生を送るため、正社員として働きだしました。社会人の長男、大学生の長女と同居しています。要介護2の実母は3年半同居生活の後有料老人ホームにて暮らしております。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

前回、人は他人を幸せにできるかというテーマで書きました。

前回のエピソード:「人は他人を幸せにはできない」と私が悟ったときのこと

私は結婚生活22年で夫と別居するのですが、その間の結婚生活は幸せだったんだと思います。
でも、当時は、幸せとは?なんて考えた事もなかった。日々の生活は当たり前のように過ぎていくものだったのです。


結婚生活12年目、家族でバリ島旅行にでかけました。

夕日を眺め海岸沿いのレストランで波打つ音を聞きながら家族5人で食事をした時の事。お腹を満たした子供達は浜辺で砂遊びをはじめ、私はほろ酔い気分でその様子を眺めていました。

突然、夫が「僕と結婚して良かったやろ?」と聞いてきたのです。

「どうして?」と聞き返すと、
「だって、こんな贅沢な事が出来るんやで」「幸せやん」という夫。

ラグジュアリーなホテルに宿泊し、お金の事など全く気にする事なく美味しいものを沢山食べ、家族分の洗濯物もホテルのフロントに出すと、小じわ一つない状態で部屋に届けられる。今思うと主婦にとって夢のような贅沢な旅行を過ごさせて頂いていたのです。

そして、その旅のすべてが、夫からのプレゼントでした。

贅沢な家族旅行は確かに幸せな事かもしれませんが、それと結婚して良かったかと聞かれれば、これまた別の問題で、そのことだけで結婚生活の良し悪しを決めるのは違うような気がして、あまのじゃくな私は、夫から言われた言葉に「まあね」とつれない返事をしたことを覚えています。

夫はきっとがっかりしたと思います。

なぜ素直に幸せだといえなかったのでしょうか。

それは私が幸せな状態が当たり前になって、特別と普通の境目がなくなっていたからかもしれません。
実際、めったと出来ない優雅な家族旅行だったというのに、私はそのほとんどの事を覚えていないのです。


私は母が「今ある幸せ」に気づく様にといろいろと努力をしました。

しかし、母からは「幸せだと」いう言葉を聞くことはなかったのです。

夫も私を幸せにしようとしてくれたのかもしれません。

当時の私は、そんなことを考えすらしなかったのです。

いろいろあって夫と別居し、自立した人生を歩むようになって、自分の幸せを自分で掴み取る覚悟を決めた私は、幸せというのは何か特別大きな事をすることではなく、日々の生活の中にこそあるものではないかと考えるようになりました。

幸せを感じる瞬間は人それぞれ違うとは思います。

ですが、いきなり明日大きな幸せのオーラが天から舞い落ちてくるなどという事はありません。
やはり日々の小さな積み重ねが大きな幸せに繋がっていくのだと思います。

幸せには色や形、重さに等級はあるでしょうか?

そんなのは、比べようのないものですよね。

結局のところ、幸せの形は自分が決めるべきものなのです。

そして、幸せに気づく目と耳と肌を持ち合わせていないと、駆け足で人生は行き過ぎてしまいます。

あなたにとって幸せとはなんですか?

次の記事はこちら:ちゃんと親孝行できたかな。最後のハワイ旅行と、亡くなった父に思うこと

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『50代、もう一度「ひとり時間」』(KADOKAWA)

20代で結婚、2男1女を授かり、主婦として普通に生きてきた。でも50代になると人生の転機が頼まれもしないのに訪れる。夫との別居、母の介護、女性としての身体の変化、子どもたちの成長。そこから見つけた「ひとりの楽しみ」をあますところなく伝え続ける「あんさん」流のアラフィフライフ。50代からの人生を前向きに過ごすためのヒントが満載。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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