【高校生で認知症介護】バッグを投げつけられ、疲労とショックで溢れる涙。暴言に耐えた7年の介護生活

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:gaspal
性別:女性
年齢:41
プロフィール:夫(51歳)、小学生の息子の3人暮らし。共働き家庭です。

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今から25年近く前、私がまだ高校生だったときのことです。

母方の祖父が外出先で心臓発作を起こし救急搬送、そのまま意識が戻らずその日に亡くなりました。

祖父の突然死をきっかけに、祖母は認知症を発症してしまいました。

認知症の進行は早く、祖母はもともと浮き沈みのあるタイプでしたが、より感情の起伏も激しくなりました。

生活は昼夜逆転して夜間に徘徊、ゴミなども口にしてしまう異食。

身体はどこも悪くないため、1日に何度も同じスーパーに行き、食料が台所にあふれて異臭を放つこともありました。

同じ敷地内の別の家に住んでいた私は、病気の母に代わり、食事・お風呂・掃除・洗濯と、昼夜を問わず徘徊する祖母の引き取りをしていました。

睡眠は毎日3時間、学校と介護の両立がどんどん難しくなり、高校3年の受験時には過労で倒れてしまい「いっそ祖母が...」と思うほど追い詰められていました。

今なら「ヤングケアラー」というのでしょうが、当時はそんな言葉など存在しません。

また、祖母は他人が家に入るのを嫌がる性格だったため、訪問ヘルパーさんに対して「お願いしますね」とニコニコ言うのは最初だけ。

実際にヘルパーさんが家の中にいるのを数分後に見つけると「誰? 何しに来たの!」と罵ります。

実態を知っているヘルパーさんが上手に祖母をなだめても「図々しい泥棒が来たもんだね! 警察呼ぶよ!」と激昂し、本当に警察を呼んでしまい大騒ぎになったこともありました。

徘徊は毎晩のように続き、祖母宅から20キロ以上離れた縁もゆかりもない土地で、夜中に巡回中の警察官に保護されたこともありました。

迎えに行くと「なんでこんな所に連れてきたの!」です。

「いや、どうしたらこんな距離をお金もなく歩けるの!?」と祖母の体力に驚くやら呆れるやら...。

初めて行ったスーパーで支払いをせず店外に出てしまい、「万引き」として警察を呼ばれたこともありました。

警察に迎えに行くと、祖母は私に向かって「あんたは警察に捕まることをしたのか! 代々うちの家系にそんな人間はいない!」と怒鳴りました。

警察官が止めても怒鳴り続け、カッとしてバッグを投げつけられたので、私は疲労とショックで泣き出してしまいました。

見かねた警察官が「あなたが潰れてしまうよ。施設をすぐ探しなさい」と役所の福祉課を紹介してくれました。

母は「施設に入れるなんて可哀想でしょ!」と私に面倒を見るよう要求しましたが、祖母の暴言や物を投げつける行動はエスカレートし、私だけで介護するのは限界でした。

しかし、成人後すぐに何箇所かの施設を見学、仮予約しましたが、なかなか入所に至りません。

私が大学を卒業、就職して介護の時間が捻出できなくなると、それまでの7年間が嘘のように、母は私が仮予約した施設をしつこく聞き、祖母を施設に入れたのです。

その頃の祖母は母、祖母の兄弟姉妹、そして私のことも忘れることが多くなり、その後は何度か施設を移りました。

死の間際、祖母が最期まで覚えていたのは、意外にも私のみでした。

まだ高校生、大学生と若く、社会経験もなく、介護が毎日ただ辛かったのですが、施設の職員さんの「お孫さんのあなたに辛く当たったのは、おばあちゃん、寂しかったのかもね」という言葉は、今でも忘れられません。

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