毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「正義の逆転」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】「愛する国のために死ぬより...」戦地へ向かう千尋(中沢元紀)の本心が溢れ出す名場面を振り返る
※本記事にはネタバレが含まれています。

『アンパンマン』の原作者で漫画家・やなせたかしと妻・小松暢をモデルとする今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』第12週「逆転しない正義」。今週は戦争の矛盾とくだらなさ、「逆転しない正義」への疑問、人間の醜さと美しさ、そして嵩の創作活動の源と「アンパンマン」のルーツが描かれた重要な週である。
中国福建省に上陸した嵩(北村匠海)は絵の腕前を買われて宣撫班に配属される。占領地の住民達が日本軍に親しみを抱くように医療や娯楽を提供する任務で、嵩は紙芝居を作ることを任ぜられる。既存の紙芝居・桃太郎が村人達から反発を受けていたため、嵩は父・清(二宮和也)の手帳に書かれた「東亜の存立と日支友好は双生の関係だ」という一文と、岩男(濱尾ノリタカ)と中国人少年・リン(渋谷そらじ)の交流をヒントに、健太郎(高橋文哉)と共に『双子の島』という新しい紙芝居を制作する。
動物達を家来にして鬼退治をする桃太郎が村人の反発を受けることに気づかない日本軍も、通訳が勝手に訳を変えて日本軍を笑いにするのも、現代の視点から見ると、かなりリアル。と思ったら、やなせたかしの自伝で、紙芝居が大ウケだったこと、おそらく通訳が中国語で日本軍の悪口を言っていたのではないかという推測が書かれていた。
『何のために生まれてきたの? 希望のありか』(PHP研究所)のなかでは、戦時中は「(日本軍が)中国の民衆を救わなくちゃいけない」と言われていたが、戦争が終わってみれば「こっちが非常に悪い奴で、侵略をしていったということになる」と正義の逆転が起こったことも書かれていた。
そんな戦争の理不尽や残酷さを際立たせたのが、岩男とリンのエピソードだ。
かつて嵩をいじめていた岩男は、リンを我が子のように可愛がる優しい男に変わっていた。実は結婚したばかりで、入隊後に生まれた男の子の顔もまだ見ていないと言う。しかし、リンにスパイ疑惑がかけられていたため、リンを信じながらも別れを告げることに。直後、岩男はリンに銃撃されて絶命。実は1年前、岩男の部隊はゲリラ討伐でリンの両親を射殺していた。リンは両親の敵を討ったわけだが、岩男の優しさを知るリンの心は晴れない。岩男は「リンはようやった」と言い残して息を引き取る。
こんな幼い少年が殺意を抱き、親しみを抱く人間を殺さなければいけない状態に追い込まれるのが、命の奪い合い、戦争なのだ。八木(妻夫木聡)は岩男の死を受け、「卑怯者は忘れることができるが、卑怯者でない奴は忘れられない。お前はどっちだ?」と嵩に問いかけ、やり場のない怒りを爆発させる。八木は嵩のような弱い人間が生き延びるには、卑怯になれと言った。嵩が出征する際、母・登美子(松嶋菜々子)も言った。
「逃げ回っていいから。卑怯だと思われてもいい。何をしてもいいから......生きて、生きて帰ってきなさい!」
命と、人間としての尊厳を天秤にかけなければいけない戦争の惨さを感じる場面だ。
駐屯地の食糧難が限界に達し、正気を失った康太(櫻井健人)が民家に押し入り、老婆ヤン(天野眞由美)に銃を向けて食い物をよこせと脅す。ヤンは産みたての卵を茹で、康太と神野(奥野瑛太)は殻ごと卵を貪り食う。ヤンは嵩にも食べるよう勧め、嵩は涙を流しながら卵にかじりつく。老婆は「空腹は人を変えてしまう」と慈悲の眼差しで呟く。
その後、嵩らはタンポポの根をかじる(実際にはレプリカにココアパウダーをまぶしたものだったことを公式SNSが明かしている)などして飢えをしのいでいたが、重度の栄養失調で倒れてしまう。
史実ではやなせが生死をさまようのはマラリアからだったが、「ところが、空腹というのだけはダメなんですね。(中略)飢えるってことが一番つらいことなんだと、その時、身にしみて体験しました」と『何のために生まれてきたの?』の中で語っている。また、第10週で草吉が乾パン作りを拒否した背景――欧州大戦(第一次世界大戦)に巻き込まれたことを振り返り、「一番つらいのは腹が減ること」「死んでいく者の横で腹が鳴ること」と語ったエピソードとも呼応する。
そして、倒れた嵩の夢に父・清(二宮和也)が現れ、言うのだ。
「こんなくだらん戦争で、大切な息子たちを死なせてたまるか。だが、こんな惨めでくだらない戦争を起こしたのは人間だ。でも人間は、美しいものをつくることもできる。人は人を助け、喜ばせることもできる。いいか、嵩。お前は父さんのぶんも生きて、みんなが喜べるものをつくるんだ」
自伝を読むと、やなせの創作活動にとって、新聞記者で一種の文学青年だった父の存在と、家に本が大量にあった環境が大きかったことがわかる。美人で自慢の存在でありながら、自分を捨てた愛憎を抱く母よりも、父を「好き」と幾度も書いていることも、父が中国を旅したときと似たルートを自分も辿り、生き延びたことで、父に救われたと振り返っているのも印象的だ。
そうした史実に比べ、ドラマでは数々の名言を生んできたのが伯父・寛(竹野内豊)で、父の出番は一瞬で、関わりが薄い気がしていたが、ここにきて重要な役割を担うとは。
一方、のぶ(今田美桜)は肺病で呉の海軍病院に入院中の次郎(中島歩)と再会する。1945年7月4日、高知市にB29爆撃機100機以上が飛来し焼夷弾を投下。市街地は焦土と化した。空襲の翌朝、のぶは焼け野原の中で家族と再会を果たす。
その1カ月後の8月15日、ラジオで玉音放送が流れ、日本の敗戦が国民に伝えられた。長く続いた戦争がようやく終わったのだ。本当に戦争はくだらない。そして、醜く残酷で恐ろしい。
かつて戦時下で起こったことと、今の私達の苦しみは地続きだ。重い重い現実を見つめ直す第12週だった。
文/田幸和歌子


