何かが自分に欠けていると気づいたとき、その欠点を嘆いて塞ぎ込むのか、それとも自分にできること、向いていることを探して前向きに生きるのか。それは本人の性格や気の持ちようもあるが、周囲がその欠点をどう扱うかにも大きくかかっているように思う。
『引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~』(百門一新/スターツ出版)は、家族の中で唯一まともに魔法を使えない引きこもり公爵令嬢が、冷酷皇帝との婚約を機に、共に成長していく物語。
※本記事はダ・ヴィンチWebの転載記事です
『引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~』(百門一新/スターツ出版)
本書を刊行している「ベリーズファンタジースイート」は、おやつ(スイート)のような、心ときめく異世界恋愛ファンタジー小説を楽しめる単行本レーベルとして、2023年4月5日にスタート。本作は、その第一弾として出版された作品のひとつだ。
主人公は、魔法が使えない落ちこぼれゆえに魔法教育を受けず、社交界からも離れて、本好き令嬢として自由に育ったエレスティア・オヴェール。エレスティアは、一族全員が持つ、優秀で強い魔法師の証である「心獣」を持たずに生まれた。しかしそれを咎められることもなく、家族にも使用人にも愛され大切に育てられたことで、大好きな本から多くを学び、勉学ができる少女へと育っていった。
だがある日、突然、冷酷な皇帝として恐れられるジルヴェスト・ガイザーの第一側室に選ばれてしまう。エレスティアは大切に育てられ、幸せな結婚を夢見てきた少女。側室をとり、多くの女性と婚姻を結ぶ皇帝との結婚なんてしたくない! 妃になんてなりたくない! と強い悲しみに暮れる。そしてその思いは、彼女の"前世"の記憶も関係しているものだった。
しかし皇族からの話を断れるわけもなく、話は進んで、ついにエレスティアが嫁ぐ日がやってきた。ヴェール越しに初めてかけられたジルヴェストからの言葉はとても冷たく呆気ないもので、彼がこの結婚を望んでいないことが伝わってくる。
そして迎えた初夜。ジルヴェストはエレスティアを押し倒し、「すぐ済む」とヴェールに手をやる。
――が、しかし。
そこで「あの時の愛らしい彼女ではないかっ」「濡れる瞳もなんとも愛らしい......」と、エレスティアを愛でる心の声が聞こえてきたのだ。
目の前には仏頂面のジルヴェスト。
なのに聞こえてくるのは、そんな彼に似つかわしくない心の声。
そしてエレスティアは、その心の声が、彼の心獣から聞こえていることに気づく。
結局この日は「私は、古いしきたりなどに従うつもりはない」とヴェールを外す以外は何もせずに終わり、この件は2人だけの秘密となった。
そしてこの後も彼の本音、エレスティアを愛でる声は心獣から漏れ続けていて――。
嫁いだ先の宮殿では、魔法の才のないエレスティアを見る目は冷たかった。
しかし彼女の無垢な性格と愛らしい容姿、本に目がないゆえの博識さ、そして隠されていた力によって、ジルヴェストの更なる愛はもちろん、周囲の信頼も少しずつ勝ち取っていく。
そして終盤ではついに――!?
最初は、エレスティアへの愛こそあれど、表情は変わらず固かったジルヴェスト。
しかし彼女との時間を過ごす中で、少しずつ彼女を想う気持ちが表情を和らげ、「冷酷皇帝」としての姿を崩していく。
一方エレスティアも、途中嫉妬心ゆえにジルヴェストを遠ざけるような行動に及んでしまったものの、彼への思いから次第に心に「妃」になる決意を宿していく。
エレスティアとジルヴェストが共に成長していく姿、そしてそんな2人を密かに見守るメイドや陰の暗躍者たちに、見ているこちらも心が温かくなる。色恋沙汰に不慣れな2人は必死だが、そこに流れている空気はひたすらに甘い。甘々だ。このギャップがまたたまらない。
また、終盤で花開いたエレスティアの特別な力のことなど、まだまだ気になる点が多い。
こちらは2巻以降で明かされていくのだろうか? 何にせよ、2人が描く未来が楽しみで仕方がない。筆者も引き続き、エレスティアとジルヴェストの動向を見守っていきたい。
文=月乃雫