どんな命にも限りがあり、別れの日は必ずやってくる。そう分かっているのに、大切であればあるほど愛する者の死が怖い。例えば、ペットという小さな家族の死。大の猫好きである筆者は愛猫が誕生日を迎えるたびに嬉しくなると同時に、いつまで一緒にいられるのだろう......とモヤモヤして複雑な気持ちになってしまう。
『ペットロス いつか来る「その日」のために』(伊藤秀倫/文春新書)は、筆者と同じく愛する小さな家族との別れに不安や恐怖を抱いている人に手に取ってほしい一冊だ。
※本記事はダ・ヴィンチWebの転載記事です
『ペットロス いつか来る「その日」のために』(伊藤秀倫/文藝春秋)
フリーの編集者である著者の伊藤秀倫氏自身、愛犬の死を経験している。最期の瞬間に立ち会えなかったという後悔に苦しんだペットロス経験者だ。
本書では、精神科医や動物医療グリーフケアアドバイザーといった専門家への取材で見えてきたペットが生きているうちからできる具体的な備えを解説。
アメリカで行われている画期的なペットロス対策も交えながら、ネットではなかなか知ることができないペットロスとの向き合い方を紹介している。
「悲しみを誰かに話す」ことがペットロスを癒すファーストステップ
「ペットロス」という呼称は世間に浸透しているが、その苦しみは周囲に理解されにくい。「ペットが死んだくらいで......」と言われて傷ついたり、飼い主自身が「こんなにも悲しむ自分はおかしいのではないか」と思ってしまったりすることもある。
帝京科学大学附属動物病院でペットロスを専門とする外来「家族の心のケア科」を立ち上げた日本獣医生命科学大学教授の濱野佐代子氏によれば、ペットを亡くした飼い主にとって大切なのは、その悲しみを誰かに話すことなのだそう。
精神科医がペットロスを積極的に診ているとは言いがたい今の社会では、ペットを失った悲しみを誰に相談すればいいのか分からず苦慮する飼い主がいる。そうした人たちはペットが死ぬという「一時的喪失」に伴い、ペットの周囲の人間関係などを失う「二次的喪失」も経験しているそうだ。
伊藤氏は、この二次的喪失を避けることがペットロスを克服する上でひとつのカギになると語る。自分の悲しみをありのままに話せる相手を見つけることは、ペットロスを乗り越えるためのファーストステップになるのだ。
実際、アメリカではアルコール依存症の治療に効果を発揮するグループディスカッションをペットロスに取り入れる試みがなされているそう。ペットを亡くした人の行き場のない深い悲しみを人と人とのコミュニケーションの網で絡める画期的な対処法からは、学ぶことが多い。
亡くなったペットの思い出話を思いっきりでき、傷を癒し合える――。そんな場が、日本でも設けられてほしいものだ。
生きているうちにできる「最期」のための備え
伊藤氏は様々な専門家と話す中で、ペットロスはペットが亡くなる直前の時間から始まっていることに気づいた。そこで大切なのが、ペットが生きているうちに"できる備え"を取り入れていくことだという。
最初の備えとなるのは「よきホームドクター」を見つけることだ。
ペットが病気になるなどして命の危機を感じるようになると、「この子が亡くなったら自分はどうなるのか」と考えたり、治療でつらい思いをさせていることに罪悪感を持ってしまったりもする。
だが、病気を診るだけでなく、飼い主とペットの心に寄り添ってくれる「よきホームドクター」がいれば苦しみは和らぐという。
「よきホームドクター」は終末期に慣れ親しんだ自宅でペットが快適に過ごせているかを一緒に考えてくれたり、飼い主がペットへ向ける目線を「病気の○○ちゃん」ではなく、本来あるべき「○○ちゃん」に戻してくれたりする。
そうしたドクターと関われていれば、ペットが亡くなった後、嫌がる治療を強いてしまった記憶が蘇って自己嫌悪し、ペットロスが長期化するといった事態も避けられるという。
また、「この子が逝ってしまったらどうしたらいいのか」という絶望と、「もうあと少しだけ一緒にいてくれるかも」という希望との間を目まぐるしく揺れ動く時間をどう過ごすかも、ペットロスと向き合う上では重要になってくる。
全国の動物病院の医療関係者を対象にグリーフケアの講習などを行っている動物医療グリーフケアアドバイザーの阿部美奈子氏は、最期の時期には病気の治療のことだけを考えながら過ごすのではなく、長年の感謝を伝える時間にすることを勧めている。
大事なことは最期の瞬間まで病気や死ではなく、ペットと向き合うことだと思います
そう語る阿部氏によれば、納得できる形で最期のお別れセレモニーを行うこともペットロスへの備えになるそう。
本書では、アンケート取材で明らかになった飼い主45人のペットロス体験談や上沼恵美子氏、壇蜜氏といった芸能人のペットロスの受け止め方も紹介。他の人の体験談も参考に、生きているうちにできる"自分たちに合った備え"を考えてみてほしい。
大切な存在を失った悲しみを乗り越えるというのは難しくても、この喪失感を自分の一部として受け入れられるようになるのではないか。
本書はペットロスで苦しんでいる人にそう思わせてくれる、メンタルケアの本でもある。
文=古川諭香