【あんぱん】史実とは異なるのぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)の出会い。中園ミホらしいロマンチックな脚本

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「絶望の隣は希望」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】やなせたかしの人生と深く響き合う第13週。数々の名場面と"サブタイトル"に込められた意味

※本記事にはネタバレが含まれています。

【あんぱん】史実とは異なるのぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)の出会い。中園ミホらしいロマンチックな脚本 pixta_75198908_M.jpg

戦後復興期の昭和21年1月を舞台に展開された朝ドラ『あんぱん』第14週「幸福よ、どこにいる」では、主人公のぶ(今田美桜)が高知新報で戦後初の女性記者として働き始める。やなせたかし夫妻をモデルとした本作において、この週は2人が長い長い戦争を経て「逆転しない正義」を模索する中、それぞれ新たな一歩を踏み出す重要な転換点である。

のぶは高知新報に戦後初の女性記者2名のうちの1人として入社する。もう1人は小田琴子(鳴海唯)で、初日から完璧な挨拶をしてみせる一方、のぶは雰囲気に圧倒され、緊張して挨拶もろくにできない。

琴子は周囲に求められる女性像をそつなく演じているように見え、どこか胡散臭さを感じていたら、酒が入ると饒舌になり、結婚相手を探すために入社したという本音をぶっちゃける面白い女性だった。動機が結婚相手探しでも、おそらくおとなしく家庭におさまるタイプではなさそうに見える。

一方、のぶの記者としての出発は順調ではなかった。初日に先輩の東海林明(津田健次郎)に空襲で瓦礫の山と化した現場に駆り出され、社会部の記者たちの後ろから速記で必死にメモを取ったものの、ほとんど何もできずに帰って良いと言われてしまう。しかし、翌日には一人で闇市に取材に行き、孤児の記事を書く積極性を見せる。東海林に記事を突き返されても、何度も書き直し、ようやく初めての記事が朝刊に載ることが決まる過程では、のぶが元来の「はちきん(土佐弁で言う、男勝り)」を取り戻してきている様がうかがえる。

第14週では、東海林がのぶに語った新聞に対する痛烈な批判が印象的だった。
「俺は新聞を信用してない。ええ加減なことばかり書く新聞にほとほと愛想がつきちゅう。戦時中は戦争を散々美化して、推奨して、扇動して、戦争が終わったらこれまでのこと全部なかったような顔して正反対のことを書く。そんなウソまみれの新聞を誰が信じるかね?」

これは戦後のメディアが直面していた信頼失墜の問題を正面から取り上げている......はずだが、どこか現代の話に聞こえるのが不思議だ。と思ったら、それに対するのぶの答え「記者はどこまで行っても世の中に問い続けるしかないがやないでしょうか」が、メディアに対するエールにも思える。

一方、嵩(北村匠海)は健太郎(高橋文哉)と共に廃品回収を行い、回収した雑貨を売る仕事をしていた。ある日、嵩は回収したガラクタの中でアメリカの雑誌を発見し、その最先端のデザインに心を躍らせる。その後、健太郎は雑誌が売れたことを嵩に伝え、誕生日プレゼントとして進駐軍からの掘り出し物の万年筆を渡し、漫画を描くよう勧めた。健太郎は学生時代から現在まで、いつも嵩をそばで支えてきた存在として描かれており、後の伴侶となるのぶに次ぐ第2のパートナーとしての重要性を見せている。

第14週後半では夕刊の発行が中止となる展開があった。「一県一夕刊」の方針により、高知では土佐新報だけが夕刊を発刊できることになったためだ。夕刊の発刊に向け張り切っていたのぶだったが、東海林から中止の知らせを受ける。それでものぶは原稿を書き続け、首をかしげる東海林に「ある人が教えてくれました『絶望の隣は希望や』って。こんなの絶望のうちに入りませんき、元気出しましょう!」と励ます。

その後、夕刊に代わって高知新報は月刊誌の発行が決定。進駐軍から月刊誌刊行の許可が下りたためだ。時間を持て余していたのぶと岩清水(倉悠貴)は、東海林から告げられたその決定を心から喜んだ。

また、今週はメイコ(原菜乃華)の家出も描かれた。のど自慢に出ることを家族に反対され一人で東京に行くつもりだったが、不安になって高知駅で下車し、のぶの家を訪れたのだ。実はメイコに汽車賃を渡したのは、メイコの夢を笑わずに応援した祖母・くら(浅田美代子)。実はくらもかつて京都の撮影所に行くことを夢見ていたため、メイコの思いに共鳴したのだ。

朝ドラではヒロインを見守る役割を担い、「おばあちゃん」という記号的に描かれることも多い祖母の「個人」の部分を掘り下げるのは現代の朝ドラならでは。また、自身を「みそっかす」と言うメイコもまた、亡き父・結太郎(加瀬亮)が語った「女子も大志を抱け」という言葉を受け止め、自分の足で歩み始める。孫3人の中で最も祖母に似た雰囲気のメイコが、偶然にもくらと通じ合う思いを抱いているというのも、家族を感じさせるエピソードだ。

ところで、今週ラストには嵩が高知新報の入社試験を受けに来る様が描かれた。

これは東海林が闇市で廃品回収をしていた健太郎のもとに高知新報を置いていき、そこに載っていた求人欄を嵩が見たのがおそらくきっかけだろう。そもそも東海林が闇市で立ち止まったのは、『HOPE』と書かれた雑誌を手に取ったから。それは、夕刊発刊の中止が決まった際、のぶの前向きな言葉に心を打たれたため。「絶望の隣は希望か。なんぼなん?買うき、この希望」とのぶの言葉をつぶやく東海林。その言葉は、かつて嵩の伯父・寛(竹野内豊)が嵩に語った言葉だった。

こうして長い月日と、様々な人、人知を超えたつながりを経て、2人はやがて同じ場所に導かれていく。その原点にあったのが「絶望の隣は希望」とは。史実では新聞社で出会った二人だが、ドラマではどうやっても巡り合う幼馴染の運命をやなせたかしの言葉がつなぐのは、中園ミホらしいロマンチックな仕掛けだろう。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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