©︎HIRO KIMURA
奈良を拠点に作品を撮り続け、海外でも評価の高い河瀬直美監督の映画に初めて出演した夏木マリさん。美しい森を舞台にした壮大な命の物語『Vision』で演じたのは、なんと千年を生きる女性役。河瀬組ならではの撮影時のエピソードを伺いました。
奈良・吉野の森に身を委ねて感じたこと
――夏木さんが演じるアキさんは、吉野の森で千年生きている女性。自然と共存し、鋭い感覚を持つ不思議な存在です。
夏木 千年生きていると言われて、どうしようかと(笑)。奈良の吉野には千年の歴史があるから、そこで何度も生まれ変わって、いろいろなことを察知できるようになった、巫女(みこ)体質の人なのだと私は解釈しました。
――どんな役作りを?
夏木 河瀨監督の撮影現場は、役を生きます。撮影中ずっとアキという人として暮らしていなければならない。だから、俳優さんは皆、撮影前からロケ地に住むんですよね。私も吉野の山で2週間暮らしました。だから、アキとして実際に暮らしている家に、ドキュメンタリー映画のカメラが撮影に来ているような感覚でした。
――山の生活はいかがでした?
夏木 都会の女なんでね。山の生活はちょっとキツかったですね(笑)。毎朝、1時間かけて、お地蔵様にお花とお水をお供えして、薪(まき)を割ってお湯を沸かして......。実際にアキの生活を送っていました。アキは薬草を熟知しているので、薬草の講座に出たり、アキが普段しているように、吉野の地元の人たちと交流する時間があったり、アキになるために必要な課題が監督から課されていて、それが1日の中にぎっしり詰め込まれているんです。ちょっとどうにかなりそうでした(笑)。でも、河瀨監督の現場は、台本通りに演じるのではなく、アキとして自然とアドリブが出るのを求められる撮影だったので、この生活は必要でしたね。
アキさんの人物像が、できあがるまで
――では、吉野の森に滞在された2週間の間、食生活もアキさんだったんですか?
夏木 そうですね。食事はおかゆだけでした。そのおかげで、アキさんみたいにどんどんおばあちゃんになっていけたけれど、夏木マリとしては体力的にちょっと倒れそうでした(笑)。禁欲生活みたいな感じだから、メンタルの状態をキープするのが難しかったです。
――ノーメイクで、ボーズ頭の夏木さんが、潔くてかっこよかったです。
夏木 アキさんは目が見えないんですね。それで撮影前に障害者センターに行って、何人か目の見えない方にお会いしたんです。そうしたら、アキさんみたいな髪型の方がいらっしゃったんですね。アキさんは森の中で簡素に暮らしているイメージもあったので、今回はあの髪型でいこうと思いました。
――そこから、どんな風にアキさんの人物像をふくらませたのですか?
夏木 役者は毎回、自分のいただいた役柄をイメージしながら、人物像を作っていくんです。なぜこの人はこういう髪型なんだろうとか、なぜこの服を着ているんだろうとか、何を食べて、何時に寝て、どういう暮らしを送っているんだろうとか。台本に書かれていないところまで、細部にわたってイメージするんですね。その後、現場に入ったら、そういう説明は一切忘れて、その人物として生きようと努めるんですけれど。私はそうやって人物像を考えるのが好きなんです。今回も楽しかったですね。あの髪型が決まった時に、これでアキはいけると思いました。
<『Vision』あらすじ>
エッセイストのジャンヌ(ジュリエット・ビノシュ)は、人類のあらゆる苦痛を取り去る「Vision」という薬草を探して吉野の森へやってくる。そこで彼女は様々な人と出会う...。
取材・文:多賀谷浩子
次の記事「夏木マリインタビュー(2)「この世のものでない異界の住人の役、多いですね(笑)」映画『Vision』」はこちら。
夏木マリ(なつき・まり)さん
1952年5月2日生まれ、東京都出身。歌手、俳優・演出家として活躍。近作に、映画『生きる街』、『犬ヶ島』(18年)、舞台『印象派NEO』(Paris公演)など。One of LoveプロジェクトGIG 10YEARS WITH「途上国の子供達に未来の仕事を贈るプロジェクト」を6月16日(土)にマイナビBLITZ赤坂にて開催。
©︎HIRO KIMURA
『Vision』
6月8日(金)全国ロードショー
監督・脚本:河瀨直美
出演:ジュリエット・ビノシュ 永瀬正敏 岩田剛典 美波 森山未來 田中泯(特別出演)・夏木マリ 他
配給:LDH PICTURES
©2018 "Vision" LDH JAPAN, SLOT MACHINE, KUMIE INC.