馬場あき子さんといえば、現代を代表する歌人。
たとえば、次の桜の二首は現代の古典です。
さくら花
幾春(いくはる)かけて老いゆかん
身に水流の音ひびくなり
『桜花伝承』
夜半(よは)さめて見れば
夜半さえしらじらと
桜散りおりとどまらざらん
『雪鬼華麗』
日本人が長く愛してきた桜のいのちと自らのいのちを重ねて歌っているところが深く心に残ります。声に出して読んでみると、その豊かな韻律が大きな魅力であることも分かります。
馬場さんの一番新しい歌集『渾沌の鬱(うつ)』(砂子屋書房)からです。
交番に走り込みたり
大雷雨(だいらいう)
年寄りなれば労(いたは)られをり
若いものにはわからないことを
ひとり笑ふまでに
老心成長したり
馬場さんは一九二八(昭和三)年生まれですが、老いを歌ってユーモアを感じさせる二首です。「労られなくてもわたし大丈夫なのに」「若い人にはこの楽しみは分からないわね」などと元気な老いの歌です。
しかし、馬場さんは力を落とさざるを得ない悲しみに二〇一七年十一月に遭遇しました。歌人であった夫・岩田正(ただし)さんの死です。九十三歳の突然死だったようです。
けはひさへなかりし
きみの心不全あらはれて
ふいにきみを倒せり
一瞬にひとは死ぬもの
浴室に倒れゐし裸形(らぎやう)
思へば泣かゆ
『短歌』(KADOKAWA)二月号に発表されていた馬場さんの「別れ」二十首の追悼作。突然の死を受け止めがたい心が痛切に伝わってきます。
最後にもう一首紹介します。深い夫婦愛の歌です。
夫(つま)のきみ死にてゐし
風呂に今宵入る
六十年を越えて夫婦たりにし
<歌始入門>
「馬場あき子の作歌・人生相談」が『短歌』一月号と二月号に出ていて、興味深い内容となっていました。読者の質問に答える形で、馬場さんが短歌と人生について縦横に語っています。
こんな質問をした人がいます。これまで口語でずっと詠んできたけれども、文語にも魅力が出てきた。どうしたらいいだろうかと。馬場さんはこう答えています。「文語で詠みたかったら文語で優れた歌を作ればいいんで、口語を歌ってもいいし、私なんかずるいから両用ですね」
ただし、文語で歌うためには勉強が必要です。馬場さんは、『百人一首』を暗記することと、『古今和歌集』を読むことをすすめています。
※他の短歌に関する記事はこちら。
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生
1943年、宮崎市生まれ。歌人。
NHK全国短歌大会選考委員。歌誌『心の花』の選者。