2017年10月のスーパー歌舞伎 Ⅱ(セカンド)『ワンピース』の舞台公演中に市川猿之助さんがけがをされ、代役として残り公演を見事に勤めあげた尾上右近さん。清元宗家の次男でもある右近さんは、今年2月には清元(きよもと)の襲名披露も行われます。『ワンピース』公演でのことを中心に、役者と清元と二つの名前を持つことについてなどお話を伺いました。
市川猿之助のお兄さんに代わり主演した1カ月半
スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)『ワンピース』は本当にまさかの事態でしたから、何より衝撃がいちばん大きかったですね。四代目猿之助お兄さんに代わって僕が主演する特別マチネ(※1)「麦わらの挑戦」公演の次の日だったので、まだ心の準備はありましたけれど、1カ月半通してやることの心づもりだとか、主役の経験もないですから、わからないままにやっていかなければならなかった。初日が開いてからは、冷静に僕に足りないところをどう補っていけばいいんだろうと、まさに研究の日々でした。
ライブのような盛り上がりになる宙乗り(※2)の場面では、何があっても前に進むという主人公の気持ちを腹の底から解放することを大事に演じました。宙乗りは見せ方が難しいんです。でもその動きは歌舞伎の踊りや動きの蓄積。止まり方、角度、目線など、歌舞伎のベースがないとできないことだなと体で感じました。常日頃から、舞台に出るというのは修行というか、どんな状況でもやらなくてはいけないものだと意識はしていましたが、その覚悟のほどを改めて試される公演となりました。
(注釈)
※1マチネ...昼間興行のこと。
※2宙乗り...ちゅうのり。役者の体を宙に吊り上げて、舞台や花道などの上を移動させる演出。
七代目清元栄寿太夫と尾上右近の二つの名前
僕の家は清元の宗家で、その中で僕は歌舞伎役者をやっています。2月26日には七代目清元栄寿太夫(きよもとえいじゅだゆう)を襲名させていただき、役者の尾上右近と二つの名前を持つことになります。
清元というのは歌舞伎の音楽の一つです。分かりやすく言うと、音楽にクラシックやジャズなどとジャンルがあるように、歌舞伎の音楽にもジャンルがあって、清元はその中の江戸浄瑠璃(じょうるり)というジャンル。情景をナレーションしながら音楽的に語るというのがいちばんの特徴です。清元は役者より表現の幅が狭いですが、その分、声という一つの表現の中に景色や色、温度が果てしなく詰まっています。そういうものを自分の声で表現していくのは楽しいですね。
歌舞伎の中で清元は役者を助け舞台を盛り上げる側の立場です。支えられる役者と支える側の清元、そのどちらも経験することで、これから僕だけが見つけられる"毎日が発見"の日々が待っています(笑)。前例のないことですが、何にでも初めてやった人はいるわけで、これから僕がやることで清元や歌舞伎を後世に残すお手伝いができたらいいなと思っています。
気持ちと体はつながっていると感じます
「昨年と今年、自分の人生の"ターニングポイント"を迎えていると感じます。でもその何倍のものをこれから乗り越えなくてはいけない人生が待っていると思うと、若干途方に暮れてしまいます。ですが、そんな自分が幸せだなとも思います。いわば精神的ドMなんですね(笑)
歌舞伎の世界が、もっと何十面もある多面体にもなっていくと、さらにいろいろな形に見えてきて面白いと思います。自分がその多面体の中で、いったいどんな一面を担っていけるのか楽しみです。
元気の源ですか? 僕は最低4時間は寝ないとダメですね。ベストは9時間。『ワンピース』公演中の9時間睡眠は、前日が休みだったかなと錯覚するほどの回復力がありました。基本的に体は甘やかさないようにしています。気持ちと体はつながっていると感じるので、ラクしようと思うとすぐ風邪をひく。ちょっとしんどいなぁというぐらいが当たり前になっていれば、もうちょっとしんどいことができるようになるでしょ。そうなりたいですね。ストイックですか?(笑)
取材・文/鹿住恭子 撮影/吉原朱美
二代目/屋号:音羽屋。1992年5月28日生まれ。父は清元宗家七代目清元延寿太夫。曾祖父は六代目尾上菊五郎。6歳で初舞台。2月26日(月)、歌舞伎座「延寿會」で七代目清元栄寿太夫の襲名披露を行う。母方の祖父は俳優の鶴田浩二さん。
『スーパー歌舞伎 Ⅱ(セカンド)「ワンピース」』
2018 年4月1日(日)~ 25日(水)
大阪松竹座
出演/市川猿之助、市川右團次、坂東巳之助、中村隼人、尾上右近、坂東新悟、市川寿猿、市川弘太郎、坂東竹三郎、市川笑三郎、市川猿弥、市川笑也、市川男女蔵、市川門之助/平 岳大、下村 青、嘉島典俊、浅野和之
会場/大阪松竹座 住所/大阪市中央区道頓堀1-9-19 料金/一等席18,000円、二等席10,000円、三等席6,500円 アクセス/地下鉄「なんば駅」14番出口より徒歩約1分
©尾田栄一郎/集英社