題詠(題を出して作品を募集する)のおもしろさは、与えられた題からいろいろなイメージが湧き、思いがけない作品を詠めることにあります。私は昨年度「NHK短歌」の選者でしたが、自由詠より題詠の方が、作品が充実していた気がしました。九月下旬に福岡県太宰府市で歌人と「声」の歌についてシンポジウムを行いました。まず一般の短歌愛好者から題詠「声」の歌を集ったところ、良い歌が集まりました。私の選んだ歌を紹介しましょう。
微笑みの美(は)しき
かの人いつもいつも
会釈のみにてその声知らず
山崎 碧
散歩などの時、いつも出会う人でしょうか。微笑みの美しい人の「声」をぜひ聴きたくなったという歌です。「声」もきっと素晴らしいのでしょう。
貸し借りをした教科書の
落書きは
あなたの声の再生ボタン
安東礼子
中学生から高校生のころに貸した教科書に残っている落書きを見ると、その友人の「声」がよみがえってくるという歌です。「声の再生ボタン」の表現がおもしろいですが、「顔」よりも「声」が思い出されているところがこの歌のポイントですね。 私は「声」の現代短歌の代表歌を引きました。
こゑのみは
身体を離れて往来せり
こゑとふ身体の一部を愛す
河野裕子『はやりを』
「声」は自分の口から出て、耳を通して相手の中に入っていくという当たり前のことを歌って、人と人との関係について考えさせられる作品です。声を出すとは自分の身体の一部が相手の身体の中に入っていくことであり、人の声を聞くとは相手の身体の一部が自分の身体の中に入ってくることなんですね。
皆さん、これからもどんどん「題詠」に挑戦してみてください。きっと楽しいはずです。国語辞典や漢和辞典を活用するのも一つの工夫です。「題」は自分で作ってもいいのですよ。
<Column>
伊藤先生に教わる、はじめての人の「歌始め入門」
月刊『短歌』(KADOKAWA)八月号の特集は戦後を代表する歌人の一人、佐藤佐太郎没後三十年を記念した特集「佐太郎の短歌作法」でした。言葉を選びに選ぶ短歌は今日でも魅力です。
冬の日の眼に満つる海
あるときは一つの波に
海はかくるる 『開冬』
目の前に広がっている海を浜辺で眺めていたのですね。その大きな海が一つの波に隠れたという把握に感動しました。
ひとときに咲く白き梅
玄関をいでて
声なき花に驚く 『星宿』
当たり前のように見える「声なき花」が深く心に残ります。
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生
1943年、宮崎県生まれ。歌人。読売文学賞選考委員。歌誌『心の花』の選者。