「病気の名前は、肺がんです」。医師からの突然の告知。しかも一番深刻なステージ4で、抗がん剤治療をしても1年生存率は約30%だった...。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。残酷な現実を突きつけられても「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試して必死で生きようとする姿に...感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。過去の掲載で大きな反響があった連載の続編を、今回特別に再掲載します。
※本記事は刀根 健著の書籍『僕は、死なない。』から一部抜粋・編集しました。
※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。
新しい毎日
4月26日、定期診察のためにCT撮影と血液検査を行い、翌々日にその結果を聞きに、僕は東大病院へ行った。
「体調はどうですか?」
井上先生は聞いた。
「ええ、いいです。時々咳が出たり、胸がツーンと痛くなったりしますが、他は問題ありません」
井上先生は、CT画像を頭のてっぺんからじっくりと見た後に言った。
「CT上ではなんら問題はありませんね。前回同様、ほとんどがんは見当たりません。原発巣のがんもこんな感じになっています」
先生がペン先で指した画像には、白い筋みたいなものが写っていた。
「前回はまだ形があったんですけどね、今回は筋になってますね。」
「でも、まだ筋が残ってるんですね」
「大事なのは"これが活動しているかどうか"ということです。前回よりもさらに小さくなっていますし、なによりCEAがまた下がってますから、なんら問題ないと考えられます」
腫瘍マーカーCEAは基準値の5.0よりもかなり下の2.0まで下がっていた。
「ありがとうございます。でも、これも消したいな~」
井上先生は苦笑いを浮かべながら言った。
「そういえば、お仕事の方はいかがですか?」
井上先生には、僕が会社を辞めたことを伝えていた。
「ええ、今はハローワークに行っています。単発で研修をこなしながら、ボチボチ仕事を探しています。ま、少しずつ体調を上げていきたいと思ってます。やはり人前で1日話すのって体力いりますからね」
「身体のダルさはどうですか?」
あ...そうだ。
そういえば、4月にはいってから、身体のダルさがほとんど抜けていたことを思い出した。
「ええ、抜けましたね。もうほとんど感じないです」
「それは良かったです。身体の機能が戻ったんですね」
「ええ、長かったです。え~っと7ヶ月くらいですか...」
僕はステロイドを止めてからの月を指折りで数えてみた。
「ずいぶん元気になりました。仕事もボチボチ頑張ります」
「そうですよね、頑張ってくださいね」
優しげに微笑む井上先生を見ながら、この人が担当で本当に良かったと思った。
4月からの生活も、なんとかなっていた。
ハローワークには月に1回通い、その間に知人や友人の紹介を受けていくつかの会社をまわる。
みんな僕の事情を同情はしてくれたが、就職に結び着くことはなかった。
しかし、失業保険と、以前の後輩からやってくる月に数回の研修で、なんとか生活が破綻することなく続けられていた。
本当に感謝だな。
僕はこの状況を作ってくれている全てに感謝を感じた。
しかし、5月に入る頃から体調が悪くなり始めた。
それは本の執筆によるストレスが原因だった。
執筆が終盤にさしかかるほど、僕のストレスは増していき、それに比例するように、どんどん体調が悪くなっていった。
そして6月末、ついに執筆していた本が書き上がった。
約半年、僕は一生懸命に書き上げた。
書き上げる寸前は、編集の人からの鋭い指摘などが重なり、僕は崩壊寸前だった。
そこまでして僕がこの本を書いたのは、『恐れ』だった。
これから先の生活への不安、恐れがこの本を書く原動力になっていた。
「本を出版すれば、収入になるかもしれない」
「本を出版すれば、何かの仕事につながるかもしれない」
何度も初めから書き直しを指示される中で、僕のストレスはほぼ頂点に達していた。
何を指摘されているのか、分からない。
何度直しても、違うところを指摘される。
もう限界だ。
意味が分からん。
なんでこんなに苦しまなきゃいけないんだ。
このままだと、ストレスでがんが再発するぞ。
もうやめよう、と何度も思った。
しかし、将来の生活に対する不安が、その思いを押しとどめていた。
6月の最後の日、編集者たちと打ち合わせを終えた僕は、あまりの疲れに家に帰るとすぐに寝てしまった。
翌朝、携帯を見ると編集者からクレームのメールが入っていた。
僕はそれを見て、きれた。
もう、無理だ。
編集者へ返事を打ち始めた。
「もうやめましょう。僕は限界です。ご期待に添えなくてすみません。もう本を出版しなくて結構です」
その送信ボタンを押そうとしたときだった。
また、僕の携帯がメールを受信した。
今度は出版社からだった。
「ここから先は、私たちの方で進めさせていただきます。お疲れ様でした」
身体から、力が抜けた。
おお、そうか...。
もうこれで、書かなくてもいいのか...終わった...終わったんだ。
僕は安堵感に包まれた。
しかし、本を書く事によるストレスは、予想以上に僕の身体にダメージを与えていた。
そして、その日から、僕はまたさらに、しかも、とてつもなく体調が悪くなっていった。