「土下座してまわっていたら、奇跡が起きたんだよ」妙に共感できた、ある社長の話/続・僕は、死なない。

「病気の名前は、肺がんです」。医師からの突然の告知。しかも一番深刻なステージ4で、抗がん剤治療をしても1年生存率は約30%だった...。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。残酷な現実を突きつけられても「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試して必死で生きようとする姿に...感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。過去の掲載で大きな反響があった連載の続編を、今回特別に再掲載します。

※本記事は刀根 健著の書籍『僕は、死なない。』から一部抜粋・編集しました。
※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。

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捨我得全

しばらくして以前お世話になったことがある会社の社長、吉井さんが約20年ぶりに訪ねて来てくれた。

僕が最初の勤めた商社を辞め、食うためにいろいろな事をしていたとき、とてもお世話になった人だった。

「刀根ちゃん、大丈夫?人から聞いて、びっくりしちゃったよ」

吉井さんは20年前とほとんど変わらぬ立派な髭を蓄えていた。

柔和で人の良さそうな笑顔はちっとも変わっていなかった。

「お忙しいのにわざわざありがとうございます。ええ、ずいぶん良くなりました。血液検査の数値はまたさらに良くなってました」

「いや、ほんとに良かった~。でもほんとに驚いたよ」

「僕もですよ。まさか自分ががんになるなんて思わなかったです。しかもステージ4ですから」

「そうだよね、いきなりだもんね。ステージ4っていうと、一番大変なステージなんでしょ?」

「ええ、そうです。一番最後、どん詰まりのステージです」

「よくそこから帰ってきたね~、本当にすごいね、いや、本当にすごい」

吉井さんは感心したように僕をみつめ、うなづいた。

「でも、ホントにいい体験をしましたよ」

「がんの体験が、いい体験だったの?」

「ええ、そうです。僕は自分のやり方・考え方にしがみついて、徹底的にがんと闘ったんです。まさに命がけで。だって、敗北は"死"ですからね」

「そうだよね、それが普通だよね」

「でも、命がけで、出来ること全部やって、考えられること全部考えて、やってやってやり尽くして、その結果、全身に転移が広がって、ドクターに言われちゃったんです」

「なんて?」

「このままだと、来週にでも呼吸が止まるかもしれませんって」

「...」

「そこで、僕に訪れたのは"絶望"じゃなかったんです」

「え?というと?」

「ええ、"絶望"じゃなくて"解放"だったんです」

「絶望じゃなくて、解放...?」

「それまでの圧力釜の中に閉じ込められていたみたいな感じから、一気に広々とした青空に解放されたみたいな...そんな感じです」

「おお~」

「そうしたら、その翌日からまるで時間割が決まっていたみたいに、次々と予定が埋まっていって、レアな遺伝子が見つかって、それで薬が見つかって、転地療養にまで行けて、結果、がんが消えてしまったんです」

「すごいね、本当にすごい。それはすごい話だよ」

吉井さんは真剣なまなざしでうなずき、話しはじめた。

「実は私もね、刀根ちゃんと会わなくなったあと、あれから20年、本当にいろいろあったんだよ。だから刀根ちゃんほどじゃないけれど、今の話、とってもよくわかるんだ。私の話をしてもいいかな?」

「もちろんです、聞かせてください」

「あれから、取引先が不渡りを出してね...、その影響で私の会社も不渡りを出すことになってしまったんだ」

吉井さんは思い出すように、遠くを見つめた。

「銀行はどこもお金を貸してくれなかった。景気がいいときは"どんどん貸します"なんて言っていたのに、いざ本当に困ったときは1円も貸してくれないんだ。そのとき、不渡りを出した会社の社長仲間は、自殺したよ」

「そうだったんですか、そんなことがあったんですか」

「うん。私は悩んだ。悩んで悩んで、本当に苦しかった。10円ハゲが出来たよ。社員も10人以上いたしね。彼らの生活や人生だってあるから。でも、このままだと会社はいきなりの倒産、退職金も払えずにみんなが路頭に迷ってしまう」

そう、僕の知っている吉井さんは自分のことより他人のことを慮る人だった。

「私は自殺した仲間の葬式で思ったんだ。死ぬくらいだったら、全部ゼロになってやり直そう、身体一つあればやり直せる、全部捨てようって思えたんだ」

「全部、捨てるんですか?」

「そう、変なプライドとか意地とか、そういうのも含めて、全部ね」

「...」

「そうしたら、目の前がす~っと開けた感じがしたんだよ、本当にす~っとね」

「あ、分かる感じがします」

「そして、これから迷惑をかけるお客さんのところに全部頭を下げてまわったんだ。これから不渡り出します、ご迷惑をおかけしますってね。ただし、ご迷惑をおかけしたお金は必ず、必ず、私が返しますって、一人ひとり、全員に土下座してまわった」

「土下座ですか...それは大変でしたね」

「でもね、奇跡が起こったんだよ。土下座してまわっていたら、一人のお客さまがね、いくら足りないの?って聞いてくれたんだ。2千万円ですと答えたら、分かりました、出しましょうと言って、なんと、足りなかった分をそのお客様が出してくれたんだよ」

「お客様が出してくれたんですか?」

「そう、お客様がね。本来私がお金を払えなくて、ご迷惑をかけるはずのお客様がだよ。吉井さんは今まで本当に良くやってくていたから、今回は私が援助させてくださいってね。私はその社長が神に見えたよ」

そう言って、吉井さんはレストランの紙ナプキンに文字4文字の漢字を書いた。

「なんて読むんですか?」

「しゃがとくぜん...」

「捨我得全、しゃがとくぜん。自分の我を捨てることで、全てを得るという意味なんだ」

それは僕が体験した"明け渡し""サレンダー"と同じように感じた。

「自分の"我"を捨てるんだ。プライドも地位も名誉も財産も、そういうものにしがみつく"自分"も全部捨てて裸一貫になるんだ。そうすると、不思議なことが起こって、全てを得ることが出来るんだ」

「なるほど、捨我得全...。で、そのときの借金は払えたんですか?」

「うん、そのときの借金は全部で2億円くらいだったけど、もうほとんど終わった。あとちょっとだね」

「それはすごいですね」

「いや、刀根ちゃんのほうがすごいよ。私は仕事だけど、刀根ちゃんは死の淵からの生還だからね」

「いやあ、多分おんなじ事ですよ」

「そうかもしれないね」

吉井さんは嬉しそうに笑った。

がんと仕事。

事柄は違うけれど、僕も吉井さんも"明け渡し""サレンダー"を体験した。

吉井さんの言葉だと"捨我得全"。

自分の我を捨てることで、全てを得る。

自我(エゴ)が全体(宇宙)に降参すること。

"明け渡し""サレンダー" "捨我得全"

もしかすると、これは宇宙の法則なのかもしれない。

 

刀根 健(とね・たけし)

1966年、千葉県出身。東京電機大学理工学部卒業後、大手商社を経て、教育系企業に。2016年9月1日に肺がん(ステージ4)が発覚。翌年6月に新たに脳転移が見つかるなど絶望的な状況の中で、ある神秘的な体験し、1カ月の入院を経て奇跡的に回復。ほかの著書に、人生に迷うすべての現代人におくる人生寓話『さとりをひらいた犬 ほんとうの自分に出会う物語』がある。オンラインサロン「みんな、死なない。」および刀根健公式ブログ「Being Sea」を展開中。

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