「認知症になった母は施設に入所していました。でも、果たしてこの選択が正解だったのか、何かできることがあったのではと今でも考えてしまいます。最期まで母らしい笑顔と生き方を見せてくれた母に、娘の私が心から伝えたいこととは...」

■母の最期の様子は...
もともと肺が丈夫ではなかったのですが、持病の影響もあり、目に見えて体力が落ちていき、歩いてトイレに行くのもやっと。
酸素を使っていましたが、それでもハアハアと苦しそうにしている時間が増えました。
そんなとき、施設から連絡があり母は入院することになりました。
施設の方から、もっとわがままを言っていいんだよと常々言われていた母が、その日の朝「もうだめ」と言ったそうです。
そこから救急搬送されて入院、一時は良くなり退院後の生活の話をしていたのに急変し、亡くなりました。
最期の日の午後、お見舞いに行きました。
そのとき「大丈夫?」と私が声をかけると母はささやき声で「バッチリだ」と言いました。
見た目には全然バッチリではないけれど、そう言っていました。
「今日はとってもいい天気で、空は青空だよ」と語りかけると、起き上がれないけどのほうを眺めて、小さく頷いていました。
「また来るからね」。
母の布団の手元が少し動いていました。
布団の中で手を振ってバイバイしてくれていました。
その日の夜10時ころ、病院から連絡がきて駆けつけると、母はすでに亡くなっていました。
午後9時半の見回りのときには寝ていたということだったので、寝ているうちに心臓が止まったのだと思います。
本当に安らかでまだ寝ているようでした。
最期までお母さんらしい生き方でした。
何もできなくてごめんね、ありがとうお母さん。
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