「60代の男性です。一日一善ではありませんが、日々、なんとなくいいことをしようと思っている方は少なくないでしょう。かく言う私も散歩をするときはゴミ袋を持ち、ゴミ拾いをしながら散歩するのが習慣です。でも、なかには不思議な方もいて...」
■黙々と道路の整備作業に取り組む不思議な住民
「お、Sさん、今年も始めたな...」
2024年の5月、地区のあちこちで、伸びてきた草を刈る姿がよく見られるようになった頃、私が通勤に使っている道端で草を刈るSさん(60代)の姿を見かけました。
「どうも、お疲れ様です」
車の窓を開け、ねぎらいの言葉をかけると、Sさんは目を上げることもなく黙々と作業を続けながら軽く会釈します。
「いつもありがとうございます。大変ですよねえ、おひとりで...」
さらに言葉を続けても、聞こえているのかいないのか、作業の手が止まることはありません。
Sさんは地区の行事や共同作業などにはまったく出てこず、引きこもりに近い状態の生活を送っています。
私もこの道での整備作業以外で、彼の姿を見たことはありません。
私がこの地区に住み始めたのは1996年のことで、Sさんは30年近くこの道路の整備作業を続けているわけですが、それ以外の彼の生活はまったく知らないのです。
では、この道はよほど重要な道なのかというと、そうでもありません。
地区から県道への抜け道になっているのですが、道幅は狭く見通しがきかないので、よほど地元に詳しい方しか通りません。
ちなみに、私は通勤の近道として利用しています。
その寂しい道、毎年5月頃になると彼の「善行」は始まります。
昨日まで草ぼうぼうだった道の両側が綺麗に整えられると、「お、Sさん頑張ったな」と分かるわけです。
少し経つと、「邪魔だな」と思っていた道路に飛び出した折れ枝がなくなっています。
また、泥で埋め尽くされて溢れていた側溝が、スムーズに排水するようになっています。
作業自体もなるべく見られないようにしているのでしょうか、その姿を見ることもそう多くはないのです。
■人知れず行われる「善行」、その理由とは?
Sさんは古い家にひとり暮らしをされていて、まったく人付き合いがありません。
若い頃から仕事に行く姿さえほとんど見たことはなく、その生活自体が謎に包まれている方です。
したがって、その作業をなぜしているかについてもよく知る方はおらず、地区の不思議のひとつになっています。
「彼のお父さんも同じ作業をしていた。その遺志を継いでいるらしい」
「実はあれが彼の仕事なんだ。町から委託を受けてるって聞いたことがあるよ」
などなど、Sさんにまつわる噂話は多岐にわたり、他にはこんなものもありました。
「彼はあそこで事故を起こしてしまったんだ、罪滅ぼししてるんだよ」
「この地区の昔の城主の隠し財産を探してるって話を聞いたんだけど...」
などと信憑性のないものまで飛び交いますが、事実は未だに分かりません。
人付き合いがなく、謎多き人物ではありますが、噂が事実かなんて確かめようもないですし、それを除けば特に悪い噂があるわけではなく、やっていることも決して悪いことではありません。
「まあ、よく分からないけど、本人がやりたいんなら、いいんじゃない?」
という温かな(?)眼差しで、みんながSさんを見守っている感じです。
今年も作業は順調に進んでいるらしく、人通りも少ないその道は日々、美しくなってきています。
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