ひらがなが書けない!47歳で脳梗塞になった夫の言語障害

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ペンネーム:向日葵
性別:女
年齢:49
プロフィール:3人の子持ちママです。私が42歳のときに47歳の夫が脳梗塞で倒れ、右半身のマヒと言語障害などが残りました。私自身も甲状腺の持病の他に、年齢とともに高血圧症や椎間板ヘルニアなどの病気が出てきています。

2011年に47歳で脳梗塞を患った夫には、現在も右半身の感覚マヒと言語障害があります。自宅で意識をなくして病院に救急搬送され、血栓を溶かす点滴をICUで受けて翌日には目を覚ましましたが、思うように言葉が出なかったのです。単語を思い出せなくて言葉に詰まってしまう、そんな様子でした。
担当医師の説明によると、左脳の根元の血管が詰まったため、言語障害が出るケースが多いとのこと。また、左側の脳梗塞の場合は右半身にマヒが出るそうで、夫も右半身の感覚がない状態になりました。夫の脳梗塞は脳へのダメージが大きく、ほぼ左脳全域に渡っていました。「この状態で話せるのは奇跡に近い。紙一重の差で、言語の機能が生き延びたのだろう」と言われました。しかし、夫本人にしてみれば、話したいけれど単語が思い出せない、そんなもどかしい状態だったようです。

翌日からは、リハビリ室でのリハビリが開始しました。生死の間をさまよい目覚めた次の日からもう始まるリハビリに、私は驚きを隠せませんでしたが、早期のリハビリがその後の後遺症の大きさに影響を及ぼすのだそうです。素人考えでは、脳梗塞を起こしたら絶対安静なような気がしますが、「そういうものなのか」と、妙に感心したものです。
ICUは2階にあったため、1階にあるリハビリ室までは車いすでの移動になります。まずは一通り、どの程度の後遺症が残っているのか調べるところから始まりました。身体的には、立ち上がることはできますが、まっすぐ歩くことができず、片足立ちもできません。また、右手はほぼ感覚がないため、小さなものを掴んだりつまんだりすることもできませんでした。

一方、言語の後遺症の方はどうかと言うと、なんと、ひらがなの読み書きができないことが判明。これは、本人もかなりショックを受けた様子です。しかし不思議なことに、自分の名前はちゃんと漢字で書くことができました。もちろん、マヒしている右手に鉛筆を持たせて左手を添えて書いているので、お世辞にも上手な字とは言えませんが、それでも自分の名前が漢字で書けたのです。このことが、夫にとって光明になったのでしょう。

夫は1カ月ほど入院しましたが、ほぼ毎日リハビリに励み、私も側で夫の様子を見守りました。そうすると、日に日に、夫が回復していく様子が手に取るようにわかりました。「若いから回復が早いね」と、リハビリ担当の先生に驚かれたほどです。確かに、夫と同時期に入院していた皆さんは、私たちの親世代の人たちばかりで47歳の夫は最年少。そのことを考えると、「こんなに若いのに脳梗塞になってしまった」と残念に思う気持ちと、「若いからきっと元気になる」という希望に満ちた気持ちが沸き上がり、なんとも言えない複雑な気持ちになりました。


病院が車で5分と近場にあったため、退院後も夫は、ほぼ毎日リハビリに通いました。もちろん、私が送迎係です。見た目にはマヒがあるとはわからないまでに回復した夫ですが、工具を握ったり高所で作業したりすることが難しいため、元の仕事である設備関係の自営業を続けることはできませんでした。その代わり、私が外で働き一家を支える大黒柱になりました。かなり頼りない大黒柱ですが、夫の存在が私を支えてくれています。私も甲状腺の持病を持っているので、夫はだいぶ引け目を感じているみたいですが、そこは夫婦持ちつ持たれつ、お互いにできることをすれば良いのです。

末っ子の長男は現在10歳。一人前になるまで、まだまだへこたれるわけにはいきません。壁にぶつかることもありますが、これからも夫婦二人三脚で、がんばって行こうと思っています。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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