<この体験記を書いた人>
ペンネーム:とらとら
性別:女性
年齢:53
プロフィール:アラフィフ兼業主婦。ポン菓子には渋めの緑茶を合わせて飲みます。
今年53歳になる兼業主婦です。
19歳の息子が小学生の頃、今から約10年ほど前の話です。
当時、私の父(当時71歳)は末期がんで入院していました。
医師からも余命を宣告されており、嘘をつかれることが嫌いな父にもきちんと告知していました。
父の家系はがんで亡くなる親戚が多く、祖父も私が生まれる前にがんで亡くなったと聞いていました。
そして、父自身も若い頃から胃がんなどを何度か発症し、そのたびに手術をしていたため、父は告知する前から覚悟をしていたようでした。
しかし、そのことをまだ知らなかった私の息子は、ある日病室で「じいじ。またパットライス作ってな」と父に言いました。
パットライスはいわゆるポン菓子のことで、父は昔から地域の夏祭りでそのパットライスを作る係でした。
息子はじいじの作るパットライスが大好きだったのです。
実家には、父専用のパットライスを作る機械もありました。
これは後で母(現在77歳)に聞いて知ったのですが、父は息子がパットライスが好きなことを知り、もっと美味しく作ってあげたいと、わざわざ自分で機械を買って作る練習をしていたのだそうです。
病室での息子の無邪気な言葉に、父は涙ぐんでいました。
「おう、作ったる作ったる」としゃがれた声で返して、指切りまでしていました。
父の状況は思わしくなく、「もう一時退院するのは難しいだろう」と医師から言われていたので、それを聞いた私も泣きそうになってしまいました。
しかし、父はなんとか奇跡的に持ち直すことができ、一度だけ退院することができたのです。
私の夫(現在54歳)に手伝ってもらいながらではありましたが、息子と一緒にパットライスを作ることができました。
パットライスを作る機械の独特な「ボン!」という音と菓子が飛び出す風景に、息子はテンションが上がって飛び跳ねていました。
「美味しい!」とでき立ての熱いパットライスを口いっぱいに頬張る息子と、それを見て嬉しそうに笑う父の写真がアルバムに残っています。
あれは純粋な子どもの気持ちが起こした奇跡だったのではないでしょうか。
そして、父がそれだけ私の息子を大切に思ってくれていた証だったのでしょう。
息子は今でも私の実家に連れて行ったときは、「じいちゃんのパットライス美味しかったよな」と懐かしそうに仏壇に手を合わせています。
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