<この体験記を書いた人>
ペンネーム:かっちゃん
性別:女性
年齢:42
プロフィール:結婚当初から夫の家族と同居をしている3児の母です。元々は一人娘でした。
31年前、私が小学5年生(11歳)のときに、柴犬を家族で飼い始めました。
ずっと妹か弟が欲しかった1人っ子の私が、「赤ちゃんが無理なら犬を飼って!」と両親にせがんだのです。
こうして、我が家に生後1カ月で迎えられたこの柴犬は「ポール」と名付けられました。
ちなみに、父が大好きなビートルズのポール・マッカートニーにちなんだ名前です。
犬好きな人なら当たり前の知識ですが、犬は群れで生活していた動物です。
家族にも順位を決めて生活します。
我が家のポールにも家族内ランキングがありました。
その順位は絶対的1位が父、次に母、そして私、最後に自分というものでした。
私に至っては、自分と同等、もしくは下に見ていることもあったくらいで、なかなか言うことを聞かないこともありました。
ところが、父の言うことだけは、言葉が通じるかのごとく、従順に従っていたものです。
父もそんなポールを溺愛していました。
とにかく、父のことが大好きで仕方がないポールは、夕方頃になると玄関に最も近い窓辺に陣をとります。
仕事から帰宅する父の車のエンジン音が一番最初に聞こえてくる位置です。
そして、エンジン音が聞こえるとソワソワと玄関に向かい、大喜びで父を迎えるのでした。
ちぎれんばかりに尻尾を振って出迎えるポールに、父も目を細めていました。
「ポールが迎えに来てくれると、仕事の疲れも吹き飛ぶな」
などとよく言っていたものです。
このお迎えの儀式は、平日の間ずっと繰り返されました。
ポールが我が家に来てから、14年たったあの日も同じでした。
その頃のポールは老犬になり、自分で動くこともままならない状態でした。
25歳、社会人となった私は実家を出て一人暮らしをしていました。
しかし、ポールの容態があまり良くないと母から連絡を受け、平日休みを利用して帰省していました。
ポールは、日中はずっと苦しそうに寝息をたてて、眠ってばかりでした。
しかし、夕方になるといつもの場所へゆっくりと移動し、横になりながらも耳をたてていたのです。
しばらくすると、父の車のエンジン音がしたのか、耳だけを動かし「クゥ~ン、クゥ~ン」と甘えた声で鳴き始めました。
父を迎えに玄関に行くのにもとても苦しそうで、ゆっくりとした足取りでした。
それでも、帰宅した父に抱かれて満足そうに、嬉しそうにしていました。
しばらく父に抱かれながらも苦しそうな「ゼェ、ゼェ」という息。
涙をこらえながら「もう無理して頑張らなくていいぞ」という父の腕の中で、ポールは静かに息を引き取りました。
こうしてポールは最期のときを迎えました。
最後の最後まで大好きな父を待っていたんだね、と全員で大号泣しながら4人の時間をかみしめたことを、今でもよく思い出します。
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