「本当は子どもの側にいたかった!」働きづめの母が爆発させた本音に思わず涙

8.jpg

ペンネーム:フラワー
性別:女
年齢:51
プロフィール:51歳WEBライターです。仕事・家事に毎日奮闘中。日々の生活の中で感じたことを紹介します。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

今から数年前の出来事。両親の喧嘩がきっかけとなり、母の本音を聞くことになりました。それはずっと働きづめだった母が心の中にためていた、私たちへの切ない思いでした。

それを知るきっかけとなったのは父からの電話。いつもの夫婦喧嘩の仲裁に入ってほしいというものでした。実はこれ、私にとってはよくある話。実際に起こっているのは喧嘩ではなく、父が一方的に怒って、母が相手にしないというものです。そんな母の態度に業を煮やした父が、私に助けを求めて電話をしてくるというのがいつものパターンでした。早速実家に駆けつけることにしました。

すると、この日はちょっと様子が違っていました。いつも冷静に話す母が泣いていたのです。喧嘩のきっかけは、思い出せない程に些細なこと。でも、それをきっかけにずっとガマンしてきた母の思いが爆発したのです。

母の思いはさかのぼること数十年。私たちがまだ幼かったころ、母とかわした約束にありました。

その当時父が事業を始め、それをサポートするために母は働きづめの日々を過ごすことに。それまでの母は、私たちと毎日一緒に遊んで、一緒に食事をして、おやつを食べる。時には手をつないで夕飯のお買物に出掛けたり、お散歩をしたり。そんな生活を送っていたそうです。

幼いころに住んでいた場所では、ほとんどの母親が専業主婦。それが普通の事でした。しかし、母と私たちの生活は父の開業とともに一変。母の役割は祖母に委ねられることになりました。

祖母はやさしくてしっかりした人。私はそんな祖母が大好きでした。しかし、まだ幼かった私たちにとって生活の変化は辛く、お友達とお母さんが一緒にいる姿を見ては、うらやましく感じていたことを今でも思い出します。

そんな周囲を横目に見ながら、いつかもう一度そんな生活ができると夢見ていて、「それまでは寂しくても頑張ろうね」と、母と約束を交わしていたのだそうです。その約束の背景には、母が父とかわした、「事業が軌道に乗ったら母は家庭に入る」という約束があったのだと聞きました。

母は父との約束を信じて毎日懸命に働き、何とか事業を安定させることができたのですが、父はその約束を守ることはありませんでした。それ以来、母が仕事から解放される事はなく、私たちとの約束を守ることができなかったのだそうです。

今回の喧嘩がきっかけとなり、母はその時の辛い思いをずっと抱えて生きてきたこと、本当は私たちの側で「母」として生きたかったことなどを淡々と、でも涙をぽろぽろ流しながら話していました。

私は母の話を聞きながら過去を回想。母が仕事の合間にちょっとの時間でも帰宅してすぐに仕事に戻って行ったこと、夜中まで働いて帰ってきても、翌日は朝早く起きて朝食を作り一緒に食べていたこと、一緒にいられないからと、美味しいお弁当やおやつを作り置いてくれたことなど、思い出が次々によみがえりました。
そんな風にしてでも、私たちの寂しい思いを少しでも和らげようとしてくれていたのでしょう。

幼いころ母が家にいないことをずっと寂しいと感じていた私。母も同じ思いだったのだと聞かされ、切なくて泣いてしまいました。そして、同じ気持ちでつながっていたのだと知り、幼いころの自分の寂しさに決着がついたような、不思議な気持ちになりました。

私はすでに孫を持つ身。そんな年齢になりましたが、母の心に触れることができたことは、本当に良かったと思います。今度は、私が母の寂しかった心を、少しでも受け止めたいと思えた出来事でした。

関連記事:「"結婚するつもりはなかった"30年前の夫の言葉が忘れられない」立木ミサの夫婦の相談室

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
記事に使用している画像はイメージです。
PAGE TOP