"汚家"育ちのミニマリスト。家族の価値観を変えた出来事とは/ゆるりまい

はじめまして!ものを持たない暮らしを志して早十数年のゆるりまいと申します。

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"お気に入りのものしか持たない"をモットーに掲げ、ガラーンと殺風景な"なんにもない家"に住み、それの様子を漫画に描いて暮らしています。

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とはいえ、昔からこんな家に住んでいたわけではなく......。以前は、それはもう凄まじい量のものに囲まれた、いわゆる"汚家"に住んでおりました。

一緒に住んでいた母や祖母は、外ではバリバリ働くキャリアウーマンでしたが、家事はてんでダメ。家の片付けも苦手だったので、家の中は当然ものが散らかっていました。そんな環境で育った私にとって、ものに囲まれた家の中は小さい頃から当たり前の光景で、とても慣れ親しんだものでした。

しかし思春期になり、突然片付けと持たない暮らしに開眼。「このままではいけない!」と一念発起し、大量のものと格闘するも、当時の私はあまりに無力で......。片付けや捨て方のノウハウも知らない私は、自己流の片付けを家族に押し付けますます家の中を荒らし、片付けが苦手な家族を片付け嫌いにまで昇格させてしまった過去があります。

それからというもの、私も勉強し家の片付けに勤しむも、残念ながら片付けは遅々として進まず、時に汚家を憎み、汚家が原因の壮絶な家族喧嘩もし、最後には「この家は一生汚家で終わるんだな...」と諦めの境地にまで達し、私は家を出る準備をしていました。

そんな状態だった我が家に、決定的な出来事が起こりました。東日本大震災です。仙台市に住む私たちは、もろにその被害を受け長年住んでいた家を失いました。いくら汚家とはいえ、世界に一つだけの私たちの住まい。その喪失感は大きく、「これからどうしていけばいいのか...」と立ちつくしてしまいました。

しかし、命の危険も感じたことも確かでした。大量のものに囲まれた家の中で起きた震度7は、それはもう恐怖で、ものが凶器になる瞬間を目の当たりにしたのです。この出来事は、特に片付けを頑なに拒否していた祖母にとっても、考え方を変える大きなきっかけになったようで、私たち家族は『もう家を凶器にしたくない。家は命を守るものにしたい。』という共通の願いのもと、もう一度家を再建することになりました。

そんな思いで出来上がったのが、今の家。汚家時代の反動でいささか殺風景すぎるきらいもあるものの、住んでいる私たちにとっては住みやすい家です。片付けをめぐっては、最初の方こそ喧嘩もありましたが、次第にそれもなくなり、汚家時代に比べると半端なくストレスフリーな家になり、家族の仲もとても穏やかなものになりました。

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今の家に住み始めて2年後の春、祖母が亡くなりました。そして私たち家族は『遺品整理』という新たな片付けの壁にぶつかることになります。今の家に住む時に大量のものを処分してはいましたが、それでもある程度のものは残っていて、しかもそれが"遺品"となると、今までのように簡単に捨てることもできず、なるほどこれが遺品整理の大変さなのか...と悪戦苦闘しました。現在祖母が亡くなって4年が経過しましたが、未だ完全に終わっていません。まだもうちょっとかかると思います。

汚家で育ったこと、家族と片付けや捨て方をめぐって大喧嘩をしたこと、東日本大震災で価値観がガラリと変わったこと、そしてまだ道半ばの遺品整理のこと......。

あの時もう少しうまくやれていれば、家族と喧嘩しないで済んだのになぁ...とか、あの時にこうしたから今があるんだよな...とか、思い起こしてみると色々あります。まだまだ勉強中の身ではありますが、住まいを通じて学んだこと、感じたことを、この連載を通じて書いていきたいなと思っています。何か一つでもヒントになることがあれば幸いです。よろしくお願いします!

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ゆるりまい

大人3人と子ども1人と猫4匹暮らし。 本当はなんにも持たないで生活したい、 そんな願望を持ちながら生きています。著書に『わたしのウチには、なんにもない。』なんにもない部屋で赤ちゃんを育ててみればKADOKAWAなどがある。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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