「毎日忙しく元気に暮らす78歳の母の口ぐせは『今が充実しているよ。寂しくないよ。』です。私もその言葉に安心していました。でも、ある夜、その言葉が母の強がりだったことに気が付いたのです」
■「寂しい」とはけっして口にしない母
母が口で言うほど寂しさと無縁でないと知ったのは5年前、1人で帰省したときに遡ります。
帰省といっても、我が家からは1時間30分で行ける距離なので、いつものように日帰りのつもりでした。
ところが、その日は急な雷雨があり、電車が止ってしまったのです。
母は「これは泊まっていくしかないね。アンタの部屋に布団を敷いておいてあげるから、お風呂にでも入っていなさい」と、やけにウキウキしていました。
けっきょく泊まっていくことにし、母が沸かしたお風呂に入り、久しぶりに自分が使っていた部屋に足を踏み入れました。
父の部屋も弟の部屋も物置になっているのに、私の部屋は私が残していった家具以外は置かれていませんでした。
母が敷いてくれた布団は、お日様の匂いがしました。
きっと昨日のうちに干しておいたのでしょう。
昨日だけでなく、私が訪れる前日は「もしかしたら泊まっていくかも」と、いつも干していたのかもしれません。
フカフカの布団にくるまれて、昔風の高い天井を見上げながら「うちは、こんなに広かったのか」としみじみと思いました。
家族4人で暮らしていたころは、台所もリビングも、お風呂もトイレも何もかもが手狭で、「もっと広い家に住みたい」と願ったものです。
でも、現在は広い。
家族4人が寝起きし、くつろぎ、ときにはケンカもした家は、80歳近い母が1人で暮らすには、あまりも広い、広すぎます。
こんな家に1人で住んでいて、寂しくないはずはないと、今更ながら気づきました。
その後も母は「寂しい」とはけっして口にしません。
泣き言をいったら、私や弟が困るのをわかっているのでしょう。
だから、母は今日も「寂しくない。気楽に楽しくやっている」と繰り返します。
母の強がりを、私は気づかないふりで聞いています
あとどのくらい、母は強がっていられるのでしょうか。
いつまでも、母が強がっていられることを願うだけです。
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