誕生日も教えてくれない他人行儀な義母。「私は慕っていたのに」24年たっても縮まらない距離<後編>

「離婚した元夫の義両親のことです。2人とも温和で、孫である子どもたちを可愛がってくれ、私は大好きでした。でも、私に対してなぜか他人行儀で無関心なんです。この一歩通行な気持ちは、伝わることはなさそうです...」

 誕生日も教えてくれない他人行儀な義母。「私は慕っていたのに」24年たっても縮まらない距離<後編> 2.jpg

■助けを求めても、目を合わせてくれない義両親

子どものトイレトレーニングで、洋式便座を使ったところ、なんらかのスイッチの加減で便座から水が飛び出し、周囲が水浸しになりました。

その時どうしようと思い居間の方を見るとお義父さんと目が合ったのですが、無視されました。

私はやるせない気持ちでお義母さんに助けを求めようとしましたが、お義母さんからは手が離せないアピール。

撃沈です。

結局たまたまいたお義兄さんが水浸しのトイレに気付き、怒られました。

怒られている最中でも義父母は私を無視していました。

自分の実家ならまだしも、主人の実家ですから、勝手がわかりません。

しかも、子どもを連れての里帰り出産。

肩身の狭い身です。

主人が一緒であれば、まだクッション的な存在になってくれたかもしれませんが、あいにくかなりのマザコン男子。

どうせ、なんの役にも立たなかったでしょうね。

今では子どもも独立し、主人とも別れたので、主人の実家に行くことはまずありません。

ですが先日私に孫ができ、娘がお義母さんに赤ちゃんを見せにいったと聞いて、こう聞いたことがあります。

「お婆ちゃんは、今でもお母さん(私)のことがキライなのかな?」

すると、赤ちゃんを抱いたお義母さんの写メは送ってくれたものの、話を逸らされました。

きっと、今でも私へのわだかまりは解けていないのでしょう。

義父母は子どもたちを大切にしてくれたので、私は義父母のことが大好きでした。

でも私の思いは一方通行だったみたいで、あの頃のことを思い出してはモヤモヤしています。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
記事に使用している画像はイメージです。
 

この記事に関連する「みなさんの体験記」のキーワード

PAGE TOP