「白血病だって...」2歳の娘を襲った悲劇。絶望の淵にいた私を救った母の「魔法の言葉」<前編>

「今から14年前、2歳の娘が白血病を患いました。医師からそう告げられた後、私はすぐに親友Aに電話をすることにしました。Aから返ってきた心ない言葉にショックを受ける私。どうして、Aなんかに連絡したんだろう...。後悔しつつ、急いで母に電話したのです」

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■私が娘の病名を告げると、親友の声は笑っているように聞こえて...

私は小さい頃から母に「〇〇ちゃんなら大丈夫」と言われて育ってきました。

ですが過保護に育てられていたわけではありません。

母は私が幼稚園の頃からフルタイムで働いていました。

今の時代では信じられない話ですが、幼稚園のバスに母のお迎えはなく、一人でバスを降りて家に帰りました。

幼稚園からの鍵っ子です。

母が仕事から帰ってくると、寂しかった私は疲れているはずの母にマシンガントークで1日にあった話をしました。

母はいつも笑顔で聞いてくれました。

友だちとのトラブル、できなかったことで泣いたりしたときに、いつも母から「〇〇ちゃんなら大丈夫」と言われ、安心して眠ったことを覚えています。

そうして大人になった私には、母との忘れられないエピソードがあります。

16年前、私が28歳の時のことです。

当時2歳になる娘が、急性リンパ性白血病を患ってしまったのです。

自分の娘がそんな大きな病気になるなんて...信じられませんでした。

当時は映画『世界の中心で、愛を叫ぶ』が大反響だった頃で、私はその影響から「白血病=死んでしまう」というイメージがついていました。

(映画は昔の話で、実際は白血病は治る病気になっていたのですが)

医師の先生からのお話の後に、すぐに親友A(当時29歳)に電話をしました。

子どもの年齢が近くて姉御肌の親友A。

子どもが生まれてから本当に仲良くしていました。

心配で電話を待っていた親友Aに「白血病だった」と告げると、

「辛いよね。わかるよ。余命は? どれくらいなの?」

耳を疑いました。

「治るって言われた」

「あ、そうなんだ。そうだよね。死んじゃうわけないよね。やだー死んじゃうかと思って泣いたんだよー。もう心配で心配で...」

自分の発言を取り繕いながらも、Aの甲高い声が笑っているように感じました。

ねえ、嘘でしょ?

Aがどんなつもりで言ったのかわかりませんが、私はショックでした。

電話を切ってぽかーんとした心。

なんでAなんかに電話したんだろうと後悔しつつ、そのあとすぐに母に電話をしました。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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