自分が本当にしたいことって何? モラトリアム期の青年を描き出す『さよなら、僕のマンハッタン』【映画】

 

たくさんの映画が公開される昨今。たびたびテレビでCMが流れる大作映画の他にも、見逃すのが惜しい良作が少なくありません。4月14日(土)から公開される『さよなら、僕
のマンハッタン』もそんな作品です。

 

自分が本当にしたいことって何? モラトリアム期の青年を描き出す『さよなら、僕のマンハッタン』【映画】 main.JPG主人公トーマス役のカラム・ターナー(右)と、彼を振り回すミミ役のカーシー・クレモンズ)

 

この映画は、ニューヨークに暮らす43歳、マーク・ウェブ監督の最新作。この監督とい
えば、09年に製作され、話題になった映画『(500日)のサマー』が思い浮かぶ人も多
いのではないでしょうか。

なかなか手強い女の子に振り回される、なかなか手痛い男の子の失恋を、物語らしからぬ
リアルな会話と、おしゃれな音楽&映像で描いたこの作品は、マーク・ウェブ監督の長編
デビュー作。公開されるや、たちまち世界中の映画ファンを魅了しました。

若い頃の男子というのは、同世代の女子から見ると、ちょっとタイクツに見えたりするも
の。そんな男子の切ない奮闘と、女子の小悪魔さの描き方が絶妙で、恋に迷うフツーの男
子を描いたら、右に出る者はいないのでは!? と思わせる監督なのですが、『さよなら、僕のマンハッタン』にもトーマス・ウェブという、監督と似た名前の青年が出てきて、映画の冒頭から、"ミミ"という同世代の小悪魔な美女に振り回されています。

けれど、『(500日)のサマー』と大きく違うのは、トーマスのもとに、頼りになる指南
役が登場すること。それが名優ジェフ・ブリッジス演じる"W.F."。彼はトーマスの近所に越
してきた隣人で、迷える彼に絶妙なアドバイスを送るのですが、その内容にあたたかみが
あって、大人のこなれ方をしていて、ちょっと文学の香りがして素敵なのです。

この"文学の香り"というところが、ポイント。実は、トーマス、作家志望なのですが、あ
る理由から、その思いを封じ込めてしまっています。それをW.F.はなぜか最初から見抜い
ている様子。

人は自分の本当にしたいことに踏み出さずにいると、その人の個性が表に出ることなく、
どこか輪郭がぼやけてきてしまうもの。ミミを振り向かせることができないトーマスは、言ってみれば自分の殻を破って外に出る前のモラトリアム期。そんな彼がW.F.と出会ったことで、本当の夢に向かい合うようになるまでの、これはトーマスのブレイク・スルーを描いた青春物語なのです。

 

自分が本当にしたいことって何? モラトリアム期の青年を描き出す『さよなら、僕のマンハッタン』【映画】 sub2.jpg

トーマス(左)と、彼の指南役のJ.W.を演じたジェフ・ブリッジス

脚本を担当したのは、アラン・ローブ。『悲しみが乾くまで』(08)などの作品で知られる
脚本家ですが、実は今回の脚本、30代半ばになっても芽が出ることのなかった彼が、脚
本家の夢を諦める前に最後の作品として、ニューヨークに部屋を借りて書き上げた物語なのだそうです。

それだけに、トーマスの行動や台詞に思いがこもっていて、ちょっとした場面のひとつひ
とつが観る人の心に触れてきます。登場する人物ひとりひとりに奥行きがあって興味引か
れるし、何より展開が自然で面白い。たとえば、W.F.以外に、もうひとり、彼のブレイク
・スルーを促す人物が登場するのですが、それがなんとトーマスの父親の浮気相手なので
す。意外な人物が、意外な展開を呼び込み、あっという間に物語に引き込まれます。

トーマスの周りの大人たちも魅力的で、父親役が『007』シリーズの元ジェームズ・ボ
ンド、ピアース・ブロスナン。母親を演じるのが、ドラマ「セックス・アンド・ザ・シテ
ィ」のミランダ役、シンシア・ニクソン。次第に物語はトーマス自身の深いところへと掘
り下げられていくのですが、その過程で描かれる父や母との物語にもグッときます。

 

自分が本当にしたいことって何? モラトリアム期の青年を描き出す『さよなら、僕のマンハッタン』【映画】 sub1.jpgトーマス(右)と父親の恋人ジョハンナ役のケイト・ベッキンセール

『(500日)のサマー』といい、昨年公開された『gifted/ギフテッド』(17)といい、マーク・
ウェブ作品の大きな魅力は、会話。お互いの大事なところをわかり合いながら、言葉を交
わし合う、気の利いた会話がたっぷりとちりばめられていて、作品に魅力的な厚みをもた
らしています。

原題は"The Only Living Boy in New York"。実はこのタイトル、サイモン&ガーファンクル
の楽曲のタイトルで、劇中でも印象的に流れます。所々に配された名曲が心をくすぐるの
に加え、舞台となるニューヨークが魅惑的に描かれているのも素敵なところ。トーマスや
ミミ、トーマスの両親や父親の恋人ジョハンナ......それぞれの暮らしぶりに応じて、ニュ
ーヨークのあらゆる地区が描かれています。劇中に出てくるレストランやバーも実在する
スポット。そんなNYガイド的な愉しみもあって、ニューヨークという街への愛をにじませ
るウディ・アレンの映画を思わせたりもします。

頭から離れない恋の話に始まり、心の奥にしまい込んでいた夢、ずっと抱えていた家族の
問題......次第にトーマスの深いところへ向かう心の旅は、きっと何歳の人が観ても、どこ
か懐かしく、心揺さぶられるのではないでしょうか。どの場面も不思議といとおしく、見
終わった後、くっきりと心に焼き付きます。

 

文/多賀谷浩子

『さよなら、僕のマンハッタン』

4月14日(土)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国順次公開
監督:マーク・ウェブ 出演:カラム・ターナー、ジェフ・ブリッジス、ケイト・ベッキンセール、ピアース・ブロスナン・シンシア・ニクソンほか
2017年 アメリカ 88分
©2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC

 

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