2月3日に公開される映画『東の狼』。100年以上も前に狼が絶滅した奈良県東吉野村を舞台に、幻の狼を追い続ける孤高のハンターを演じた藤竜也さんにインタビューしました。なんとも言えない温かさで質問を受け止めながら、丁寧に言葉を選んでお話される藤さん。「本当に」とか「とても」といった言葉を口にしない代わりに、藤さんから絞り出されるシンプルな一言は、思いがこもっていて、こちらの心に届きます。撮影秘話からプライベートのお話まで、広く語っていただきました。
映画『東の狼』は、魂の歌という感じがします
――完成した作品をご覧になっていかがでしたか?
藤 なんていうかな......よかった。カルロス・M・キンテラという33歳のキューバの監督がね、彼の悩める魂を俺の中にぐいぐいとねじこんで来て(笑)。その気配は出ていたかな。カルロス・M・キンテラの魂の歌という感じがしました。
――キンテラ監督とは、どんなお話を?
藤 撮影中はあまり細かい話はしなかったんだけど、撮影前に彼が「奈良を舞台にキューバの映画を撮りたい」って言うんだね。その時は「え!?」と思ったけど(笑)。完成した映画を観てみたら、うなずけるような気がしました。わかりやすい話ではないけれど、映像を通して監督と会話するような映画ですよね。......(撮影は)まあ、くたびれましたね(笑)。だって、(カルロスと自分の魂)二人分、背負っていますから。体も重くなるし。
藤さん演じる猟師、彰(あきら)が狼を追って森をさまよう場面。なんともいえず鬼気迫るものがある。
ロケ地にはできるだけ早く入ります
――いつもロケ地に先に入って、役作りをされるそうですね。
藤 そうですね。吉野という大変山深いところなのですが、猟師役はやったことがないので、(劇中に出てくる)鹿の解体やライフルのことも覚えたかったし、猟師の人たちと会って話もしたかったし。僕ができることって、毎回それしかないんです。早く入ってね、少しでもその土地の中で、自分を預けて。そうしたら、撮影中はあまり意図しないで、そのままでいればいいから。
――どのぐらい前から入っていたんですか?
藤 撮影が始まる2週間ぐらい前ですね。その前に、2回行っているんです。魚はさばけるけど、狩の経験はなかったので。本当に小さな小刀だけで鹿を全部解体できてしまうんですよ。不思議なのは、最初から分解して、全部バラバラにするまでやったのに、映画で使われたのは、ほんのちょっとだったよね(笑)。カルロスが僕が解体するのを見ながら、「外科医みたいですね」って。僕は演じるのが仕事だから、やっている時はそういう気分だったけど、終わったら、えらく疲れたね。やったことのないことだし、なんともいえない生々しさがあって。もういやだ!という気分になった。弱いものですね(笑)。
彰は東吉野村の猟師会の会長。信念を貫こうとするが、段々と時代に取り残されていくーー。
演じるのは、まるで狼に取り憑かれたような猟師の男
――藤さんが演じられた彰さんは長年、猟師をやってきて、狼に取り憑かれているような男性です。藤さんはどんな風に理解されて、演じられたんでしょうか。
藤 とにかくね、カルロス(の悩める魂)が入り込んじゃっている役だから。わからないんだよね、本当に(笑)。
――撮影中、脚本もどんどん変わったそうですね。
藤 すごく変わりました。朝言ったことが、夕方には変わっているぐらい。でも、それに答えるのが現場だからね。僕らはパーツですから。パーツを組み合わせて作品をつくるのは監督だから、大変だったと思うけれど。終わってしまえばね、いやぁきつかったなぁで済んでしまいますから(笑)。
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取材・文/多賀谷浩子
1941年、北京生まれ。日活入社後、『望郷の海』(1962)で映画デビューし、数多くの作品に出演。76年の映画『愛のコリーダ』で報知映画賞主演男優賞、『村の写真集』(03)で上海国際映画祭主演男優賞を受賞。近年の出演作に『龍三と七人の子分たち』(15)『お父さんと伊藤さん』(16)など。倉本聰脚本のドラマ『やすらぎの郷』(17)では寡黙な任侠映画の元スター"秀さん"を演じて話題に。今秋には日中仏合作映画『CHEN LIANG』が公開される。
『東の狼』
100年以上もの間、ニホンオオカミが目撃されていない東吉野の森。長年、猟師として生きてきた仁村彰(藤竜也)は、絶滅した狼の存在を今も信じている。狼にのめり込む彼の姿勢に、周囲の猟師たちは段々着いていけなくなるのだがーー。昔気質の猟師である彰と、彼の周りで変わっていく時代。その哀感の中に、狼と対峙し続けたひとりの男の人生を浮かび上がらせた骨太な作品。舞台となる奈良県東吉野村の美しい自然と暮らしも魅力。
2月3日(土)より新宿ピカデリーほか全国順次公開
監督:カルロス・M・キンテラ
出演:藤竜也、大西信満、小堀正博ほか
配給:HIGH BROW CINEMA
@Nara International Film Festival& Seven Sisters Films
2017年 日本・イギリス・スイス・ブラジル・キューバ 79分