『東京喰種(トーキョーグール)』や『銀魂(ぎんたま)』、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第1章』など、映像化は不可能といわれた人気コミックの映画化が相次いだ今年。その最後を飾るのが、現在公開中の『鋼の錬金術師』です。原作は荒川弘の世界的人気コミック。2001年から10年まで月刊『少年ガンガン』で連載されていました。
よろいの姿になった弟アルの失われた体を取り戻すため、兄エドと弟アルが旅に出る壮大な物語は、若い世代はもちろん、大人の読者にも支持されています。まず、錬金術というモチーフが興味深い。
錬金術とは、物質の形や成り立ちを変化させ、新たなものを作り出す技術。この映画では、錬金術師の主人公エドが、足元の石畳をとっさに強靭なやりに変えて、敵と戦ったりします。
そんなアクションも面白いですが、錬金術は等価交換が原則。何かを手に入れるためには、同じだけの何かを差し出さなければならない。まさに人生にも通じるテーマで、時には命の尊厳に関わるヘビーな問いが投げかけられる場面も。物語に、大人も考えさせられる哲学的な深みがあり、幅広い世代に熱狂的なファンがいるのです。
エドもいいけど、マスタングもね! ハマリ役の"おディーン様"
マスタング大佐役のディーン・フジオカ(左)とヒューズ中佐役の佐藤隆太
それだけに、映画化は早くから話題になりました。話題の中心は、やはりキャスティング。エドを誰が演じるのか。Hey!Say!JUMPの山田涼介に決まると、ハマリ役だと評判になりましたが、他にも誰が演じるのか、話題を集めたキャラクターがあったのをご存じですか?
それが、ディーン・フジオカ演じるマスタング大佐。この役柄、原作でもエドと人気を二分するほどのキャラクター。表面的にはエドと反発しあうようでいて、実は心の深いところで通じ合っている。そんな男同士の関係もグッとくるのですが、ディーン・フジオカは多くの人にとって完璧なキャスティングだったのではないでしょうか。
原作では三枚目の面も描かれているマスタング大佐ですが、映画版ではシリアスな人物に徹しています。舞台で活躍する衣装デザイナー、西原梨恵の手掛けた青いロングコートが長身に映え、コミックの二枚目キャラクターを演じてもまったく無理がありません。
NHK連続テレビ小説『あさが来た』の五代友厚役で注目されて以降は、深田恭子と共演したドラマ『ダメな私に恋してください』や現在放送中のドラマ『今からあなたを脅迫します』でのコミカルな役柄、映画『結婚』での結婚詐欺師役など、五代役とは違った一面を見せてくれたディーン・フジオカ。しかしやはり五代のような希望にあふれた正統派の人物を彼が演じると、正しいことを言っても決して嘘っぽく響かない説得力があります。
揺るぎない信念で、国を動かす大きな物事を推し進めようとしているマスタング大佐は、そういう意味でもハマリ役。ディーン・フジオカの存在が、物語をぐっと大人向けのエンターテインメントに高めた感があります。クライマックスのアクション・シーンなんて、すごい熱量。女性ファンのみならず、男性が観ても、思わず「かっこいいなぁ」とつぶやいてしまうのではないでしょうか。
最先端のVFX技術に驚嘆!
フルCGのアルのリアリティに注目
もう一つ、特筆すべきなのが、この映画のVFX(ビジュアル・エフェクツ)。中でも、よろいの姿をしたフルCG(コンピュータ・グラフィックス)のアルは一見の価値があります。CGにはアニメーターが描いた絵をベースにした作り方もありますが、今回、採用されているのはモーション・キャプチャー。ハリウッド映画のメイキングなどで、俳優の体中の関節に黒いボタンのようなものを付けて、動きをキャプチャーしている映像をご覧になったことのある方も多いと思いますが、今回はワイヤレスのモーション・キャプチャーが採用されているそうです。
何がすごいかというと、アル役の水石亜飛夢の動きを、芝居をしながら、そのままキャプチャーできるということ。それだけに、アルの動きや実在感に、CGであることを忘れさせるリアリティがあって驚かされます。日本のCGもここまで来たのかと感慨を覚える人も多いはず。邦画のCGの現在を観るうえでも興味深い作品です。
この作品を手掛けた曽利文彦監督は、松本大洋の人気コミック『ピンポン』の映画化で、映画における日本のCGの新たな地平を拓き、ハリウッド大作『タイタニック』のCG製作にも関わっていた監督。それだけに、『鋼の錬金術師』にも最先端のVFXやCG技術が駆使されているのです。
原作では兄弟の絆を中心に、登場人物どうしの関係が厚みをもって描かれます。それを2時間の映画で描くには、どうしても描き切れない部分が出てくる。そんな難しさの中で、曽利監督が心打たれたハガレンのスピリットを映画の形に凝縮し、再構築した感のある作品。そういう意味では、物質の成分を分解して再構築する「錬金術」とちょっと似ているのかもしれません。
松雪泰子の悪女役や、清純派・蓮佛美沙子のかっこよすぎる中尉役など、キャストそれぞれの意外な一面が披露されているのも面白い。CGやVFXが見どころの作品ですが、お芝居を大切に撮られた感があります。この冬話題の1本、原作と共に"ハガレン"ワールドに触れてみてはいかがでしょうか。
文/多賀谷浩子