皆さんは日ごろどれくらいの短歌を詠まれますか?月に数首でしょうか?毎日詠むとなると大変ですが、最近出版された栗木京子さんの歌集『南の窓から』(ふらんす堂)はサブタイトルに「短歌日記2016」とあるように、昨年366日のあいだ毎日詠んだ歌を収めた一冊です。それぞれの歌にメモのような詞書(ことばがき)がつけられているのも歌の味わいを増しています。
11月6日の歌を紹介します。詞書には「何もしたくない午後。テレビでゴルフの中継を見る」とあります。
芝の上(へ)を白きボールは
ころがりて
他界の穴にコツンと消ゆる
栗木さん自身がゴルフをするかどうかは分かりませんが、面白い歌です。ボールが入っていった穴を「他界の穴」と歌っています。ボールの行く方をふと思いつつ、「他界」へのあこがれを感じているのではないでしょうか。詞書の「何もしたくない午後」の言葉も読者にそう思わせる仕掛けに思えます。
翌11月7日の歌を紹介します。「いつも行く美容室。シャンプーの上手な女性がいる」が詞書となっています。
関節のやはき指もて
髪の根を洗はれてをり
今日は立冬
ひいきの美容師さんなのでしょう。「関節のやはき指」という、具体的な表現が読者になるほどと思わせてくれます。
テレビを見る、美容室に行くというなにげない普段の行為が、味わいのある作品になっていますね。毎日歌を詠むには、日常生活の中から素材を見つけて、いかに料理するかということだと思います。
もう一首紹介します。12月13日の歌です。「葉を堅く巻いたキャベツ。とてつもない存在感がある」が詞書です。
ゆふぐれの
キャベツの内に海ありて
貝や星など沈みゐるべし
台所でのとても楽しい想像の歌です。発想を豊かにすれば日常の暮らしが違って見えます。
<Column>
伊藤先生に教わる、はじめての人の「歌始め入門」
短歌は、作者と読者の合作だと言われています。作者が作った作品の世界を読者が完成させるというのです。その点から言えば、作者が何もかも説明していない歌の方がよいのです。現代を代表する歌人である小島ゆかりさんの最近作にこんな一首がありました。(『短歌研究』11月号)
自販機の
つり銭こぼす秋のみち
この道はいつか来た道ならず
皆さんはどう鑑賞されますか? 下の句の「この道」とはどんな道でしょうか? そうです、老いの道です。手掛かりは上の句の「つり銭こぼす」にあります。読者が老いの道を想像するのです。
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生
1943年、宮崎県生まれ。歌人。読売文学賞選考委員。歌誌『心の花』の選者。