井上弘美先生に学ぶ、旬の俳句。9月は「固有名詞を季語で生かす」というテーマでご紹介します。
空に浮く佐渡の稜線雁渡し 鈴木多江子
佐渡島といえば、芭蕉の名句「荒海や佐渡によこたふ天河」がよく知られています。この句も、日本海を隔てて遠く見える「佐渡」を詠んでいるのですが、島影を「空に浮く」「稜線」として鮮明に捉えていて、景がよく見えます。
この句の季語は「雁渡し」で、初秋から仲秋にかけて吹く北風を言います。雁が渡ってくる頃に吹くので付いた名前です。季語の効果で佐渡の上空を渡り来る「雁」が思われる、清々しくスケールの大きい作品です。
作者は一九四七(昭和二十二)年、東京都生まれ。近著、句集『鳥船』よりの一句です。
水澄みて金閣の金さしにけり 阿波野青畝
九月は秋の到来を実感させる季節。爽やかな風が吹いて空ばかりか水も澄み渡ります。
この句は京都を代表する寺院、「金閣寺」が池の水に映っている様子を捉えています。「水澄む」が秋の季語。水にくっきりと倒影する「金閣」を、「さす」という言葉で描き出したのです。「金閣の金」という繰り返しが、「金」を強調しつつ、美しい調べを作り出して、句に透明感をもたらしています。
作者は一八九九(明治三十二)年、奈良県生まれ。旺盛な作句で晩年は自在の境地を確立。数々の名句を残しました。一九九二(平成四)年に逝去。
<教えてくれた人>
井上弘美(いのうえ・ひろみ)先生
井上弘美(いのうえ・ひろみ)先生
1953 年、京都市生まれ。「汀」主宰。「泉」同人。俳人協会評議員。「朝日新聞」京都版俳壇選者。