「病気の名前は、肺がんです」。医師からの突然の告知。しかも一番深刻なステージ4で、抗がん剤治療をしても1年生存率は約30%だった...。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。残酷な現実を突きつけられても「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試して必死で生きようとする姿に...感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。過去の掲載で大きな反響があった連載の続編を、今回特別に再掲載します。
※本記事は刀根 健著の書籍『僕は、死なない。』から一部抜粋・編集しました。
※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。
目標の10段階
帰省した翌日の8月13日、さおりちゃんと会った。
さおりちゃんは寺山心一翁さんのワークショップで知り合ったがん仲間で、入院前にさおりちゃんにしてもらったカウンセリングのおかげで、僕は自分の中にある悲しみに気づいた。
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そして入院直前の6月10日に、父に僕のがんのもとである『悲しみ』を全て吐き出すことが出来た。
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僕の中にたまっていた『悲しみ』が外に出たおかげで、僕のがんは消えた。
僕はがんが消えた大きな原因の一つがそれだと思っている。
そういう意味で、さおりちゃんは命の恩人だった。
東京駅近郊のスターバックスで待ち合わせると、さおりちゃんは元気そうに笑った。
「お父さんに言えたんだね。すごいね」
「うん、まあね」
「どんな感じだったの?」
「近所の喫茶店に来てもらったんだけど、入院する3日前だったかな。たまたま母親と会う用事があってさ、父にも来てもらったんだ。で、そこで1時間半くらい話した。もう途中から涙がとまらなくなってね、ボロボロだったよ」
「そうなんだ、すごいね。勇気ある~」
「いや、宿題だったし」
父に全てを話すことは、さおりちゃんから僕への宿題だった。
「ああ、あの言葉も言えたの?」
「うん、最後にちゃんと言ったよ。『私はあなたを許します、前に進むために』って」
「すごーい!あれって、なかなか言えない人が多いんだよ」
「いや~」
「で、どうだった?そのときの気持ちとか、その後の身体の感じとか、なんか変わったことある?」
「そうだね、まずすごく身体がすっきりしたね。軽くなった。ああ、悲しみが出てったって感じかな。なんかね、すぐに『元気ハツラツ』になったわけじゃないけど、ああ~これで治るって感じたんだ」
僕はそのときの身体が軽くなった感じを思い出していた。
あのときは本当に身体についていた重りがとれたみたいに感じた。
「そうなんだ~。私も親に話したけど、途中から言い合いになっちゃって、うまく最後まで言えなかったんだ。どうやったの?」
「うん、自分の感情を全部吐き出すことが必要だって言われたから、言いたいこといっぱいあるだろうけど、とりあえず最後まで反論しないで聞いてくれって、最初にお願いしたんだ」
「そういう手があったのか~」
「さおりちゃんのおかげだよ。本当にありがとう」
「私も嬉しい~!」
さおりちゃんは、はじける様に笑った。
「おかげで身体のがんもほとんど消えたんだ」
「うん、知ってる。すごいね、奇跡だね」
さおりちゃんをはじめ、寺山先生の所で知り合ったメンバーとは、ラインで頻繁に情報交換や現状報告をしあっていた。
「どのくらいがんがあったんだっけ?」
「えっと、上から順番に言うと、まず脳でしょ、左の上のところに3センチくらいの腫瘍があって脳の4分の1くらいが腫れてたんだ。だから自分の名前も書けなくなっちゃってね」
「それはすごいね」
「次は両目。あ、右目は今でもちゃんと見えないな。真ん中がすごく歪んでる」
「目にも転移してたの?」
「うん、目に転移するのは珍しいんだってさ。だから東大病院にも専門のドクターがいなかったんだよ」
「そうなんだ。それから?」
「左の首のリンパ。声が出ないのは咽喉がんじゃなくてリンパのせいだったんだ。リンパが腫れて圧迫して声帯が歪んでるんだって。反回神経麻痺っていうらしい」
「それでカスカス声なんだね。でも良かったね、喉に転移していなくて」
「うん、それは本当に良かった。かみさんもそれ聞いて、ほっとしてた。で、次は左肺の原発のところでしょ。これが最初2センチ弱だったのが、最後は5センチ近くになっててね」
僕は左胸のがんがある場所を右手で押さえた。
「あと左の肺の中に同じくらいの塊が何個も。それから右肺は1センチ未満のやつが数えきれないくらい。ちっこいのを入れたら100個から200個ぐらいあったんじゃないかな」
「そんなにあったんだ。息苦しくなかったの?」
「お風呂入るときとか、湯気があるでしょ、そういうところに行くとすぐに息苦しくなったね。あと最悪のときは30メートル歩くだけで息が切れたし、最後は階段も上れなかったよ」
「そうなんだ...」
「それと肝臓でしょ」
「肝臓もなんだ...」
「まだまだあるよ。それから腎臓、これなんて左右両方ともだからね。で、最後は脾臓」
「まさに全身って感じだったんだね」
「うん、他には骨にも転移していてね」
「骨もなんだ...」
「うん、骨はね、頚椎でしょ、右の肩甲骨、肋骨、背骨、腰椎、骨盤、股関節、座骨、大腿骨...」
「すごいね」
「左の座骨と股関節はキツかったな。立ってると股関節が痛いし、座ると座骨が痛いし...どうすればいいんだよ、って感じだった」
僕は笑った。
「今の体調はどうなの?」
「う~ん、がんはほとんど消えたんだけど、まだ調子が上がらないんだ」
「そうなんだ、おかしいね」
「いやだって2ヶ月前まで身体中にがんがあったんだから、しょうがないと思うな」
「でもさ、がんはほとんど消えたんだよね。身体はすぐに回復しなかったとしても、元気が出ないのはなぜなんだろう?」
「身体の回復に力を使っているからじゃないのかな」
「ううん、もしかすると自分の中にまだ気づいていない感情があって、それがジャマしているかもしれないよ」
「そうなのかな」
「元気になると困ることってない?」
「別にないけど...」
そういったものの、なんとなく心の奥底に引っかかるものを感じた。
僕の顔を見て、さおりちゃんが聞いた。
「なんかあった?」
僕はおずおずと口を開いた。
「なんかね、こういうこと言うと情けないかもしれないけれど、まだ働きたくないって心の中で言ってる自分がいるんだ。早く元気になると働かなきゃいけない」
「そうなんだ、元気になったら働かなきゃならないもんね。まだ働きたくないんだ」
「そうだね、1年近く休んでいると今の生活に慣れちゃってね。毎日寝坊出来るし。それと前の仕事に戻るイメージがあまりわかないんだよなー」
「そっかぁ。じゃあホントはどうしたいんだろう?」
「ホントはどうしたいか?」
「そう、ホントーの自分、ホントーの気持ち」
「ホントーの自分か~」
僕は上を見上げた。
ホントーの僕はどうしたいんだろう?
ふと、南伊勢の清浄な大自然の風景が浮かんできた。
「そうだなあ、退院した後に南伊勢に行ったんだけど、自然がすごくあってね、ああいう大自然の中でかみさんと二人で暮らしたいって思ったな」
「じゃあ、目標の10段階ってのがあるんだけど、やってみない?」
「目標の10段階?なにそれ?」
「少しずつ目標を設定して、最終的にそこに到達するイメージを描くの」
さおりちゃんは目標設定の仕方を説明した。
さおりちゃんに言われるまま、僕は自分なり目標の10段階を作ってみた。
10個の中には夢のようなことも出てきたけれど、まあ言うだけだし...。
「まず、最初はなにかな?」
「そうだね...、最初は右目が良くなって治療の必要がなくなること」
「右目の治療が必要なの?」
「うん、眼科のドクターから、放射線治療をしようって、さかんに言われてるんだ。2番目は声が出るようになって、話がスムースに出来るようになること」
「そうだね、まだ声出てないもんね」
「3番目は、腫瘍マーカーの数値が基準値に入ることかな」
「まだ入ってないの?」
「うん、ずいぶんと下がったけどね。それと次の4番目は、CTの画像からがんの影が完全になくなること」
「まだ影があるんだね」
「ずいぶん小さくなったけどね。原発のところ以外は消えたんだけど、原発がもうちょっとかな。5番目は、ドクターから寛解の承認が出ること」
「いいね、寛解」
「やっぱり、これががん患者の目標だよね。で、その次の6番目は本を出版することかな」
僕はちょっと気恥ずかしかったけれど、口に出して言ってみた。
僕が本を書きたいということは今まで誰にも言ったことはなかった。
夢みたいで実現しそうになかったから。
「え~、出版するんだ、本」
「うん、自分の体験をまとめて本を書きたいんだ。僕の場合は普通のルートをたどってない分だけ、いろんな人の参考になるかもって思ってね」
「そうだよね、タケちゃんは最初、病院の標準治療を断ったんだもんね。いろんなことやった結果、今があるんだもんね。きっと勇気をもらえる人がいっぱいいるよ。私も勇気もらったもん」
「ありがとう。まあ、自分のやり方にしがみついて痛烈なノックアウト負けを食らったけどね」
僕は笑った。
「7番目は?」
本を書くといった以上、その先も言うしかなかった。
「7番目はその本が評判になって、講演依頼とかがじゃんじゃんくること」
もう、夢のような話だ。
「いいね~」
「8番目は仕事や人脈にも恵まれて、お金がじゃんじゃん入ってくる!」
完全に夢だ。
「おお、すご~い」
「9番目が、大自然の中にかみさんと住むんだ。南伊勢みたいなところがいいな。鳥の声が聞こえる森の中に住みたいんだ」
本当にそうなったら、最高だな。
「自然の中はいいよね」
「最後は魂とか宇宙とかに導かれるような仕事をして、自分にも世界にも貢献する人生、かな」
そっか...ここが僕のゴールなんだな...。
「すごいね。きっと出来るよ。私は出来ると思う」
「うん、なんだか出来そうな気がしてきた」
「そうでしょ。目標って、こうやって書くとイメージしやすいんだ。イメージがちゃんとできれば...」
「そう、現実化しやすいんだよね」
僕は、大自然の中で妻と二人で静かに暮らしている姿を想像してワクワクした。
でも僕はそのとき、全く気づいていなかった。
10個の目標の中に、今の会社の仕事が一つも入っていないことに。