「認知症だった母の遺品整理で見つかった数年分の家計簿。日記やメモなども綴られており、早くに実家を出た私にとって、『母はこんなことを考えていたんだ』と興味深いものでした。でも、読み進めていくと、空白が増え始め、楽しい話がどんどんなくなってきたのです。思えば、この頃から母の認知症は進んでいたのだと思います」

■1日の終わりに母が書いていたことは...
母が何もなかったと書いてある日に、私が帰省していたことがあったのです。
他にも近くに住む叔母から、1週間に1度くらいはご飯を作って一緒に食べていると聞かされました。
その頃から母はもう認知症が始まっていたんだなぁと思い当たったのです。
その日に何かあっても、夜にはあったことをすっかり忘れてしまって「今日はなにもない1日だった」「今日もどこにもいかず退屈だった」になってしまうのでした。
それでもまだ半信半疑だったのですが、文字が書けた最後のあたりの日記を見ると、相変わらず「今日もなにもない」「今日もどこにも行かない」のオンパレードです。
その頃は母を近くの施設に呼び寄せていたので、何があったか私は把握しています。
やはり認知症のせいで、その日を振り返り、何があったかを書くことはできていなかったんだなと思ったのです。
1日の終わりに「なにもない、退屈だ」としか思えないなんて悲しいなぁと思っていました。
でもごくたまに「今日はお姉ちゃんたち(私と妹のこと)とカラオケにいってとても楽しい日でした」なんて書いてくれているのを見ると、心底嬉しく思いました。
私が施設に顔を出したときも「今日はお姉ちゃんが来てくれた、ほっとする」と書いてくれていました。
そんなに楽しみにしていてくれたなら、もっと無理してでも行けばよかったといまさら思ったりしました。
母は私たち娘にとって、とても明るく頼りになる母でした。
もっと一緒にいたかったね、お母さん。
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