「じゃあ、またね」手を振り続けた友人。半年後の訃報...30年たった今も消えない私の後悔<前編>

「約30年前に経験した忘れられない友人との別れがあります。予備校時代に知り合った彼女は私よりも年上で憧れのお姉さんタイプ。社会人を経験した後、医学部を目指し予備校に通っていました。優秀で控え目な彼女はみんなから慕われる存在でした」

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■27歳で医学部を目指し頑張っていた彼女

現在私は51歳の会社員。

この51年間で2度、大切な友人との死別を経験しています。

1度目の別れは30年前、私が21歳、友人は29歳でした。

私が大学入試に落ちて予備校に通った19歳の頃のことです。

予備校に通い始めて1カ月ほどたった頃、いつも食堂の窓際や自習室で、静かに勉強している彼女に出会いました。

高校を出たばかりの私を含めた一般的な女子は群れたがるけれど、彼女は自ら1人を選んで、意図的に気配を消しているようにも見えました。

私が受ける授業では見かけないところを見ると、文系の私とは別クラスの理系なのかな? 

容姿はすらりとして、横顔も端正、服装等は90年前後のバブル後半期にしては地味でしたが品がありました。

彼女のことが気になり始めて1カ月後、彼女に話しかけようと決意しました。

食堂の窓際の席で「隣、いいですか?」から始め、「理系なんですか?」と聞くまで2日かかり、まずは私のことを話しました。

気配を消しているのに勝手に近寄ってくる私は迷惑だろうなとは思いましたが、彼女は優しく相手をしてくれました。

遠慮がちに彼女が自己紹介をしてくれて分かったことは、彼女は少女のように若々しく見えるけれど、一度理系の大学を卒業し、就職していたこと。

そして仕事をしている中でスポーツドクターになりたいと思うようになり、27歳で医学部に入学しようとしていることです。

彼女ははっきりとは言わず、できれば隠しておきたい様子でしたが、彼女が卒業した大学も、次に目指す医学部も難関校。

就職した先も有名企業で、とても優秀な大人の女性だと分かりました。

そしてすでに結婚していてご主人もとても理解のある方だということも。

彼女が現在も成績優秀だということも、予備校が掲示している成績優秀者の掲示で知りました。

彼女の魅力は次第にほかの予備校生たちにも伝わっていき、彼女の周りに輪が広がるように友人が増えていきましたが、彼女はいつも静かで控えめ。

私には、1つ心配なことがありました。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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