「雑草みたいな花ね」幼いころの「母の日」の悲しい記憶。40年たった今も私を悩ませる理由<後編>

「小さいときから気分屋で怖かった母。私は小学生のころから母の日にプレゼントを贈り続けてきました。今年は忙しくてプレゼントできそうもないと伝えると、ショックな言葉が返ってきました。そして、小学生のときの母の日の悲しい思い出が蘇ってきて...。もう母の日に何も贈らなくていいか、どうするべきなのか、来年までゆっくり考えようと思います」

「雑草みたいな花ね」幼いころの「母の日」の悲しい記憶。40年たった今も私を悩ませる理由<後編> 28.jpg

■「いらない、いらない。使わないから」と言う母

「まともに咲いていたためしがない」

ああ、気を遣って今まで言えなかったんだな、と思いました。

でも、母の言葉にひっかかりを感じてしまうのです。

「~したためしがない」

この言い回しは、昔から母がよく使う言葉です。

胸にチクチク刺さりました。

でもめげずに私は母の日にプレゼントを贈り続けました。

花がだめなら、洋服はどうだろう? シニア向けな感じのブティックなど、これも選びに選んで自信を持って贈っていました。

電話で「ありがとう」という言葉に安心していました。

それも数年が過ぎ、ふと母の日の洋服について聞いたところ、今度はこんな風に言われました。

「はっきり言ってあなたが選んでくれる服は、若すぎて着られない」

そうか。

また、気を遣わせたみたいです。

この「はっきり言って~ない」も、母が何かを強く否定するときの言い回しです。

こういうキツイ言い方は、胸にグサっと刺さります。

また、昔の怖い母に叱られる自分を思いだします。

そして今年は忙しくて買い物に行けず、母の日のプレゼントは無理だと母に伝えました。

「大丈夫、いらない、いらない。去年もらった大きなバッグもいらない、使ってないから。なにもいらないから」

母としては、普通に気を遣っての言葉だと、わかってはいるのです。

しかし結局、去年のバッグも使っていない、いらなかったのだ、ショックでした。

母は、そう悪い人ではないと思います。

まったく人に気遣いをしないわけでもありません。

それでも、私がいちいち傷ついてしまうのは、ばっさり切り捨てるようなものの言い方や強めな否定の言葉を使われるからなのでしょう。

子どものころ、私を傷つけてきた言葉を思い出させるからかもしれません。

なでしこの苦い思い出。

もう、母の日は何も贈らなくていいのか、何も考えず、カーネーションを贈るのが一番いいのか、来年までゆっくり考えようと思います。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
記事に使用している画像はイメージです。
 

この記事に関連する「みなさんの体験記」のキーワード

PAGE TOP