「親孝行できたかな」積年の母の夢をかなえた「二人きりの成人式」。母の涙を今でも覚えています<前編>

「私の成人式の話なので、今からもう35年前のことになります。父は失踪し、兄や姉も不在でしたので、当日は母と2人だけで過ごしました。私の成人式を祝うことは母の積年の夢でした。朝早くから振り袖に着替えた私が母と向かった先は...」

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■成人式の日。母の夢をかなえるために向かったのは...

私には兄と姉がいますが、2人とも成人式のお祝いをしていませんでした。

理由は、2人ともいい加減な性格で、成人式の日に家にいなかったから。

堅苦しい場所が嫌いでした。さらに、母親のことをみっともない存在だと思っていたので、何日も前から友達の家に泊まって行方をくらましていたのです。

姉は成人式の日、朝早くからお化粧をしていたので、私が「今日は成人式でしょ?」と声をかけると、「そんなの誰が行くの」と笑って、デートだと出ていってしまいました。

母は、兄の時も姉の時もレストランを予約し、晴れ着を準備したのに実現することができず、とても残念そうにキャンセルしていました。

そんなことがあったので、私の時は絶対に成人式をやろうと決めていたのでしょう。

成人式の日には朝5時くらいに起きて、私が逃げ出さないように見張っているようでした。

その後は美容院に連れていかれ、私はまるで着せ替え人形のように着物姿にされました。

兄や姉の時には衣装をレンタルしていたようでしたが、私の時には安い着物を購入したと喜んでいたのが印象的です。

多くの人達は、成人式と言えば地域の会場に向かうのでしょうけれど、写真屋さんで写真撮影をした後は、母と二人で旅行に行きました。

おそらく、母の夢の一つだったのでしょう。

美容院もその日の昼食も、旅行についても、すべて母が一人で予定を組んでいたようで、母の決めたスケジュール通り無事に進んでいきました。

父はかなり前から失踪しており不在でしたし、兄も姉も家族旅行を嫌っていたので、成人式の旅行は母と2人だけ。

私は早く着物を脱ぎたかったのですが、母は私の成人式を自慢したかったのか、旅行先のホテルまで着ていかなければなりませんでした。

所々で知らない人から「あら、成人式? おめでとうございます」と声をかけられ、その度に母が嬉しそうに答えていました。

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