「義母はずっと横暴な義父との生活に耐えてきました。余命わずかとなり、私にだけ長年溜め込んできた本音を明かしたことで、少しだけ気持ちが軽くなったことを祈るばかりです」
親や夫、子ども、友人に職場の同僚、ご近所さん...。アラフィフ女性を中心に、みなさんから寄せられた人間関係の「モヤモヤ」「スカッと」「泣ける」実体験エピソードを、過去の人気記事をもとにして漫画で再構成しました。この時、あなたならどうしますか?
2021年、義母の三回忌を執り行いました。
私が体調不良だったため、夫と息子(17歳)が立ち会い、無事終えたときに、義母との思い出が甦りました...。
義母が亡くなる1週間前に「幸せだったか」と直接訊いたのです。
答えは「否」でした。
「どうして?」と尋ねると、義母は「自由がなかったから」と。
義母が亡くなる1週間前に緊急入院をした際、医者から「これが最後の入院です」と言われました。
そして私、夫、義弟、義父が交代で病室で立ち会うことになりました。
平日は義弟と義父、土日は夫、3人とも難しいときは私が行きました。
どんどん衰弱していく義母を見て、私は「もう最期かも...」と思いました。
亡くなる前日のことです。
「私が深夜立ち会うから、みんなは帰ってほしい」と夫、義弟、義父に頼み、3人を自宅に帰して病室には私と義母の2人きりになりました。
夫や義弟はともかく、義父には絶対にいてほしくありませんでした。
なぜなら、亡くなる1年半前に倒れて入院した義母への義父の仕打ちを知っていたからです...。
退院した義母は弱ってはいましたが、ある程度の家事はできる状態でした。
日常を取り戻そうとする義母の努力を台無しにしたのは義父です。
「こんな体で外に出たら近所の人に恥ずかしいから、家から出るな」
義母を家に閉じ込めた義父に夫も義弟も義父に逆らうことはできず、どんどん義母は弱っていきました。
義父は否定していましたが、入院中の義母に手を上げていたのも見ました。
義母はこれまでどれだけ我慢してきたのでしょう...。
こみ上げるものを抑えながら、私は義母に今までの感謝の気持ちを伝え、なぜ「幸せではなかった」と言ったのか、その理由を訊きました。
漫画:なみき/原案:「毎日が発見ネット」みなさんの体験記
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