性別:女
年齢:54
プロフィール:若い時に背伸びをしてジャズを聴き始めましたが、ビル・エヴァンスのおかげで心から感動できる音楽に出会いました。
※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。
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私がビル・エヴァンスの音楽に出会ったのは19歳の頃。夏休みに同じ大学に通う男友達から電話がかかってきて、「金が無くて飯も買えない」と泣きつかれたことがきっかけでした。
友達は風呂なし4畳半のアパートで独り暮らし。毎月5万円の仕送りはありましたが、それだけでは生活できないのでカフェバーでアルバイトをしていました。彼はアルトサックスをずっとやっていて、頭の中はジャズのことでいっぱい。
彼は「俺、金借りても返せないから、なんかレコード買ってくんない?」と私に言いました。私は実家に住んでいましたし、夏休みのアルバイトで稼いでいたので、レコードを見せてもらうことにしました。
「悪いんだけどさあ、俺、交通費もないから、レコード選びにきてもらってもいい?」と聞かれ、異性とはいえ信頼できる友達だったのでレコードを聴かせてもらいにいきました。
部屋に着くと、彼は10枚くらいレコードをピックアップしていて、それぞれちょっとずつ聴かせてくれました。ハッキリとは覚えていませんが、5枚くらい買ったと思います。
当時の私は心からジャズが好きだったわけではなく、なんとなく興味があった程度だったので、彼から買ったレコードについては「ジャズ入門」のような、ジャズの入り口のつもりでしかありませんでした。
ですが、彼が「これは大切なレコードだから売れないけど、ちょっと聴いてみ」と、かけたレコードに一瞬で惹きこまれてしまったのです。レコードのタイトルは「You Must Believe In Spring」。ビル・エヴァンス・トリオの演奏でした。
音楽が流れるなり、彼の4畳半のボロアパートが瞬時に別世界に変わったのです。それまで私は「音楽は人の心に訴えるもの」だと思っていましたが、ビル・エヴァンスの演奏は私の心に共鳴しながら、私を異世界に引き込んでいくような感じがしたのです。
私は彼にそのレコードを「売って欲しい」と頼みましたが、彼は絶対に売れないと拒否。当時、まだビル・エヴァンスが亡くなったばかりということもあり、そのレコードは追悼盤として売られていたそうです。仕方ないので、帰ってからレコード屋さんで購入しました。
私が彼の部屋で聴いた曲は「B Minor Waltz」と「We Will Meet Again」という曲でした。あとで分かったことなのですが、「B Minor Waltz」は亡くなった奥さんに描かれた曲で、「We Will Meet Again」という曲は亡くなったお兄さんに描かれた曲でした。
病気で弱っていきながら、ビルはお兄さんに向けて描いた曲に「再会」を暗示するような曲名を付けていたのです。病気が見つかっても病院に行こうとはせず、医師によると「自ら死を選んでいるようだった」という話。
ですが、死を意識しているビル・エヴァンスの追悼盤のタイトルは「You Must Believe In Spring」。彼は辛い事だらけの人生の中で、ほんの一かけらでも春の訪れを信じようとしていたのかもしれません。
このレコードは、これまでCDやカセットテープも含めて何枚も購入していて、今でも私にとって最高の1枚となっています。
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