金も出すけど口も出す。経済的に援助してもらった分、母の束縛が強くなり...

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ペンネーム:紫乃
性別:女
年齢:51
プロフィール:夫と二人暮らしの51歳です。パートが休みの日には、近くに住む母のもとへ通っています。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

夫は、金遣いが荒く、欲しいと思ったものは我慢ができない性格で、私は長年夫のカードローンに苦しめられてきました。私自身もパートに出て、扶養の範囲内で働いていましたが、それでも毎月の収入をほとんど使い切る日々で、貯金は全くできませんでした。子供の入学等でまとまったお金が必要な時は、常に近所に住んでいる実家に助けてもらってきました。

その代わりと言ったら変ですが、子育てから私自身の生活まで母がことこまかに口出しするようになりました。まさに、「金も出すけど口も出す」です。母に従順でいなければ「そんなことを言うならもう知らないわよ」と言われるので、言いなりになっていました。

例えば、私には妹がいるのですが、妹と連絡を取り合う時も、すべて私を通しなさいと言われていました。
娘が通いたいという大学のオープンスクールも、自分が大学資金を出すのだからと母は付き添いました。娘も母に頭が上がらないそんな私の姿をみて育っているので、私が怒られないようにおばあちゃんの前ではとてもいい子にしていました。

現在、娘は就職し遠方で生活しています。子供が自立したので、経済的な面では落ち着きましたが、相変わらず母のもとへ通い、母の身の回りの世話や話し相手をしています。

朝起きる時間から寝る時間まで、テレビの番組、食生活、そのほかの時間、全て母のやり方に従わなければならず、つらい時間でした。妹や友人と会うことも、ほとんど許されませんでした。

娘は大学を卒業し就職したあと、私を呼び寄せようとしてくれました。「お母さんは私が幸せに暮らすために頑張った、もう自立もできたし、お父さんとは離婚して一緒に暮らそう」と言ってくれたのです。

その時私は、思いきって遠方に住む娘の所へ行って人生をやり直そうと考えました。

けれど、その話をすると母に泣きつかれました。
そして、「今までさんざん助けてきたのに」「どれだけのことをしてきたと思うの」「将来あなたに看てもらえるからと思ったからこれまで助けてきたし、孫も大学にいかせたのに」「恩を仇で返すのか」と言われました。「離婚は私が死んでからすればいい」、と母は言うのです。そうしたらこの町から出ていいと。

母は寂しいのだと思います。私が離れていくのを恐れているのだと思います。

私の人生なのだから、自分の思うまま生きればいいじゃないかとも思いました。でも、母には経済的な面で迷惑をかけて、随分と甘えました。とても感謝していますし、同時にそれが負い目になって、それができませでした。

何年も何年も悩み、母のそばにいてできることをしていこうと覚悟を決めました。親というのは、子供の幸せを願うものじゃないのだろうかと、悲しく思ったこともありますが、もうあきらめました。母が言うように、母が亡くなったときに、身も心も自由になれるんだと思います。

私自身は、娘の幸せを願っています。娘が望むことを否定するようなことはしたくありません。娘の負担にならないように、自分の人生を考えていきたいと思います。

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健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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