歩くのは絶望的と言われていたのに!勝気すぎる87歳義母のリハビリ顛末記

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ペンネーム:フカユキ
性別:女
年齢:50
プロフィール:夫が2年の闘病の末、悪性リンパ腫でなくなりました。2人の子供だけでなく、要介護2の義母を抱え、入院費用や治療費のため借金もあり、お先真っ暗でした。それでも周りの人に助けてもらいながら、何とか暮らしております。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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義母は今年で87歳になりますが、とても勝ち気な人です。自信に満ち溢れていて、言葉で言い負かされることは度々。頭の回転も早いと思います。

そんな義母ですが、トイレに立った時に、尻もちをつき骨折してしまいました。大腿骨を骨折しており、医師からも「術後、歩くのは絶望的。車椅子か寝たきりになってしまうだろう」と言われていました。

ところが、2カ月のリハビリの末、杖を付いて歩けるまでに回復したのです。これには、執刀した医師も、担当していた理学療法士も「信じられない」と言いました。特に医師は「何かスポーツをされていたのですか?」と興味津々で尋ねてきていました。

車も運転せず自転車に乗れない義母は、ただひたすらに歩くことが、日課になっていたこと以外に、ほかの人と変わるところはなく、「特別なことは何も」と答えたことで、さらに興味を持たれたようでした。


義母のリハビリは、主に筋肉トレーニングと歩行練習でした。午前中に集中して筋力トレーニングを行い、午後に歩行練習をする感じです。はじめは並行に並んでいる棒を、右手と左手で持ちそろそろと歩くようなものでした。しばらくぶりに歩くので、それこそ一往復したら、ぐったりするほどでした。
5日目からは歩行器を使用して歩くようになりました。ここまでは組まれたメニュー通りをこなす日々だったのですが、義母生来の勝気さや負けず嫌いなところを発動する、大きな変化が起こったのです。


そのきっかけは同じように足のリハビリに来ていた、義母よりも10歳以上も若い70代の女性でした。その人が自分と同じように大腿骨を骨折してリハビリを受けていると知ると、対抗心をむき出しにして「あの人が10回なら私は12回歩く!」などと言い出しました。

その相手の方は、特に何も気にされていませんでしたし、こちらに対しても好意的だったのですが、その方が来ると義母の方ですかさずチェックを入れて、彼女の機能回復訓練よりも、自分が数で上回らないといられないといった調子でいました。「すごいね、私は10回もできないわ」などと彼女から言われようものなら、義母の本領が発揮され、15回から20回はする、という感じです。あまりにも熱心していたため、理学療法士の先生からストップをかけられたこともありました。


その方は対抗されていい迷惑だったと思いますが、すっかりライバルと思ってしまった義母は、歩行訓練から手押し車になり、ついには杖で歩行できるようになったのです。その全過程で常に「あの人だけには負けたくない」と、がむしゃらに頑張っていました。

そんなライバル(?)に恵まれたお陰で、義母は何とか歩けるまでに驚異的なスピードで(ふつうは半年かかると言われました)回復できました。普段は気が強くて、少し折れてくれたらいいのに、と思うことが頻繁にある義母ですが、そういう性格だったからこそ、寝たきりにならずに済んだのではないかと、思い直しています。

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