術後の私を助けてくれた70過ぎの母。いくつになってもかわらない親の愛

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ペンネーム:てんてん
性別:女
年齢:48
プロフィール:子ども3人と犬1匹で暮らすシングルマザーです。高齢出産で末っ子を生みました。聴神経腫瘍の術後、片耳難聴になり、夫とは離婚。望んだわけではありませんが、波乱万丈な人生を送っています。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

私は現在48歳です。左耳の聴力がほとんどありません。30代に入ったころから耳鳴りがひどく、加えて聴力低下を感じるようになりました。かかりつけ医から大学病院を紹介してもらい、MRIを撮ったところ、聴神経腫瘍という診断名が付きました。その時は、兼業主婦で自分のことなど考えられず、年に数回の検査も仕事の合間に行くのが面倒でさぼっていました。

それから第2子、第3子に恵まれて、その第3子が2歳を過ぎ、子育ても少し落ち着いたかなというタイミングで再び受診したところ、腫瘍が大きくなってることがわかりました。そして46歳の冬に、ついに手術を行いました。3週間に及ぶ入院の間、子どもたちは義父母宅で過ごすことになり、術後の私自身は主に実母に身の回りの世話をお願いしていました。

手術後麻酔から目覚めると、とにかくめまいと吐き気と頭痛と肩こりに悩まされました。鎮痛薬もあまり効きませんでした。これからの生活はどうなるのだろう?子どもたちの世話のことなど、心配で不安なことばかりが頭に浮かび、眠ることさえできませんでした。右側面を下にしたまま長時間の手術を受けたため、胸の下とこめかみの下に床ずれができ痛みがあることも、ますます気分を沈ませました。

母が最初に来てくれたのは手術を受けた次の日でした。私はほとんど起き上がれず、横になったまま母と一緒にいました。水分を少しでも取りなさいとストローで飲ませてもらいました。左側を下にすると、吐き気がするので、常に右側を下にして寝ていたのですが、その影響もあってか、顔の右側だけすごくむくんでしまいました。

会話すらまともにできない状態でも、母は黙って横で本を読みながら、私に「して欲しいことはないか?」と時々、尋ねてくれました。その時、その昔、私が小児喘息で夜中から明け方まで横になれず、座ったまま発作が落ち着くのを待つ間、ずっと背中をさすってくれていた時の状態を思い出し、涙が出てきました。

「何でこんなしんどい思いをせなあかんのやろ」と思わず愚痴ってしまうと母は「大丈夫、これ以上悪いことは起きない。これで最後や」と慰めてくれました。
電車とバスで片道2時間弱をかけてまで来てくれる母の優しさが、改めて身に沁みました。
私が歩く気にもならないというと、看護師さんに外出許可を取ってくれ、病院の外に散歩へ連れ出してくれました。近くにはテレビで見るような有名なお店がいくつもあり、暗くなっていた私の気持ちも少し晴れました。

70を過ぎた母の手を握りながら、当時46歳の私は幾つになっても親は親、子どものことを一番に考えてくれるありがたい存在なんだなと改めて感謝の念を持ちました。小さくなった母の背中にありがとうと何度も何度もつぶやきました。

そして、私も母のように子どもたちに対し、惜しみなく愛情を注いであげたいと心から思いました。

◇◇◇

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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