「昨年亡くなった義母は、嫁の私から言わせると『毒母』そのもの。夫は義母から愛情をかけてもらえず、『金づる』のように扱われてきました。それでも、義母が病気で倒れてからも、献身的に尽くしてきたのです。私はそんな夫がかわいそうでなりませんでした。そして、義母の最期、『もう夫を解放してほしい』と涙ながらに訴えたのです。そして...」

■夫を今でも苦しめる「呪縛」の正体
義弟は小学低学年まで入退院を繰り返し、小学生から高校生まで朝が弱いのかほとんど遅刻し、小学校時代は毎日義母が送り迎えをしていたそうです。
義母は夫の成績以外に興味はなく、少しでも下がると激昂されたと言っていました。
義弟は義母から成績でも咎められず、大学卒業後も働くことなく40代になった今も実家にいます。
ギャンブルで外出はするので引きこもりではないはずですが、義弟本人に「義母も亡くなり、義父も体調が悪いから働かないと将来困るよ」と伝えても、「働く気はないから」と平然と言っていました。
義母は亡くなる1年前に倒れました。
数年前から咳や息苦しさを訴えながらも、骨が浮き出るほどガリガリになっても頑なに病院を拒み、倒れたときにはもう手の施しようがありませんでした。
医師からは「10年は無理だけど5年は生きられる」と言われましたが、わずか1年足らずで亡くなりました。
夫はその間、献身的に尽くしました。
どんなに忙しくても義母が食べたいものをリサーチして購入し、好き嫌いの多い義母のために頑張ったと思います。
最後の4日間は夫も義弟も私も泊まり込みで看病しましたが結局だめでした。
死ぬ数日前に義母が弱々しい声で私に「お前は嫁としては失格だ」と言いました。
ショックではありませんでした。
義母にとってはどんな人でも失格でしょう。
そして「義父を頼む」と言われたとき、私は泣きながら、でもハッキリと言いました。
「嫌です! 私は私の人生を楽しむ。あなたのように私の夫を金づるに、義弟を野放しにして義父の家政婦のままで後悔ばかりの人生を送るつもりはない! 夫と出会い、息子を授けていただいたことは感謝します。もう夫をあなたから解放してください。お願いします。」
目が涙でにじみ、そのとき義母がどんな顔をしていたかは分かりません。
今でも夫は月命日や実家に帰るたびに「僕は親孝行が足りなかった。後悔している、もっと何かすべきだった」と言っています。
夫は義母の呪縛からまだ解放されていません。
恐らく、誰が聞いても夫は十分親孝行だと思うでしょう。
でも洗脳された夫の心はまだ解放されません。
義母との20年は、夫を義母から解放してもらうための戦いでしたが、私の大敗でした。
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