毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「"何も起こらない"意味」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】トキ(髙石あかり)の覚悟が描かれた一方で...今週の裏の主役・フミ(池脇千鶴)の複雑な母心
※本記事にはネタバレが含まれています。

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第8週「クビノ、カワ、イチマイ。」では、トキ(髙石)がヘブン(トミー・バストウ)の女中として働き始める。
今週は、放送開始前の取材会で制作陣や出演者達が「途中から何も起こらなくなる」「スキップだけの回もある」と話していた週。
決死の覚悟で「ラシャメン(異人の妾)」を受け入れたトキだが、ヘブンが所望したのは普通の女中とわかるや、形勢逆転。なにせ花田旅館の女中・ウメ(野内まる)の月の給金90銭、小学校教師のサワ(円井わん)の給金4円という相場に対し、「月20円」はあまりにオイシイ待遇のため、トキは必死にクビにならないようしがみつく。
一方、妾を求めたと錦織(吉沢亮)や周りの者達に勘違いされた(発端は知事だが)ヘブンは不機嫌だ。魚を出すと骨をとれと怒り、糸こんにゃく(あれだけ大騒ぎしたのにまた出される)には恒例の「ムシ(虫)! ジゴク!」。トキが護身用として祖父・勘右衛門(小日向文世)に木刀を持たされていることを知ると、「ヤリニクイ! しじみさん、クビ!」。いつでも怒ってばかりだが、ヘブンにしてみれば尊厳を酷く傷つけられたわけで、納得でもある。
ある日、ヘブンに「ビア」を求められたトキは、「(楽器の)琵琶?」「(果物の)枇杷?」「アワとかヒエのアワ?」「みかん?」と、花田旅館やご近所も巻き込み、「ビア」探しに奔走。ヘブンが帰宅すると、床に整然と並んだ琵琶や鎌、ゴマ......トキに呼ばれてきたサワ。どう見ても違うのに、1つずつこれは何かと問う律儀なヘブンとトキのボケの掛け合いは、後の夫婦怪談ならぬ夫婦漫才の第一歩か。
しかし、言葉の壁はあっても、ラシャメンでなく「普通の女中」で月20円は、やっぱりオイシイ。その金額を聞いたサワが「ただの女中で? そげな?」「おトキ、お金持ちだが」と複雑な表情を見せるのも、トキが思わずこぼれ出そうになる笑顔を必死に抑え、「ご存知の通り、うち借金山ほどあるけん」と否定するのも、どちらも自然な反応だろう。
20円はヘブンがハウスメイドの相場として提示した金額だが、そもそもこの時代は、以前なみ(さとうほなみ)が「おなごが生きてくには身を売るか男と一緒になるしかない」と言っていたような時代。男より賃金が安いとはいえ、女が生きる数少ない道として貧乏生活の中で懸命に勉強し、ようやく教師になったサワにとってはモヤモヤする金額だ。実際、本人に非はなくとも、そうしたモヤモヤから友人同士が疎遠になるケースは古今東西いくらでもある。
そんな中、ビアの正体がわかり、ようやく入手したトキだが、瓶を開けた際に泡が吹き出し、辺りをビショビショにしてしまう。咄嗟に写真が無事か確認するヘブンは、告げる。「しじみシゴト、ジョチュウの、ゴクロウサン」。それでもトキは「ノーノ―!」と必死に食い下がり、再びビアを買いに行くと、そこへヘブンが登場。山橋薬舗の主(柄本時生)も加わり、初めてビールを飲んだトキは苦さに驚き、酔っぱらう。
楽しく酔っ払ったヘブンは往来でスキップを始め、トキにも「ドウゾ」と促し、そこから役者達の「下手なスキップ合戦」が繰り広げられる。トキの指南を受け、「何それ?」と笑いながら、恥ずかしそうにちょっとやってみるフミ(池脇千鶴)。その様子を怪訝そうに見ながら、とびはねてみて楽しくなるサワ。できるかと問われると、できないとは言えないのが、松江随一の秀才・錦織。しかし、そんな錦織にも苦手はあって、短距離走のような構えから手足が揃った珍妙な前進となってしまう。
意外と柔軟にできそうな司之介(岡部たかし)は「難しい? 簡単きまわりない」と言いつつ、なぜか後退してしまうという、想像の斜め上を行く。にもかかわらず、唯一スンナリできてしまったのが武士を引きずる勘右衛門という皮肉。しかも、握手をヘブンに求められ、「武士を馬鹿にするでない」と一蹴する。
そんな平和な光景の一方、トキの「クビノ、カワ、イチマイ。」は変わらない。夜に仕事している際、蚊と格闘するトキの音でアイデアが全部吹っ飛んだと怒り、「ゴクロウサマ! アバヨアバヨ!」と怒るヘブン。それでもトキは引き下がらず「ノーアバヨ!」。
しかし、トキにあるのは根性だけじゃなかった。ヘブンのために蚊帳を用意し、説明の絵をつけておく気配りを見せる。さらに翌朝、花を活けていると「ハナ、スバラシ。ブシムスメ、スバラシ、モア、モア、ブシムスメ、ネガイマス」と喜ばれる。
そこでトキが訪ねたのは、小さな借家に越した実母・タエ(北川景子)だ。トキが三之丞(板垣李光人)に毎月10円渡しているため、物乞いから脱しているが、三之丞は何も話しておらず、タエは三之丞が社長になったからだと思い込んでいる。
そんなタエにトキは花や茶の湯の稽古を再開してほしいと頼み、ヘブンからもらったパイナップルを共に食べ、しばし平和な時間を過ごす。お姫様だったタエが自分で茶を出すのも、パイナップルもハジメテ。そこでタエが見せた笑顔もまたハジメテの少女のような表情だ。
「ハジメテ オモシロイ」と言うヘブンは、トキと共に人力車に乗る。しかし、トキにとって人力車はハジメテではなく、東京で銀二郎(寛一郎)が乗せてくれたものだった。銀二郎を思い、顔を曇らすトキにヘブンは「ハジメテない?」と問うが、説明しようとする錦織を止める。「思い出はベラベラ喋るものじゃない」ヘブンの細やかな優しさ、デリカシーが見えてくる。
さらに、トキがハジメテのアイロンで服を焦がしてしまったときも、恒例の「ジゴク!」もしくは「ゴクロウサマ」「アバヨ」が出るかと思いきや、「ケガ、ナイ? ビーモアケアフル」。ヘブン、実はすごく優しい人なんじゃ?
ある日、ヘブンのことをもっと知ろうと錦織と生徒達が集まると、ヘブンが自分についてのクイズを始める。トキと生徒達が次々に正解する中、錦織だけが不正解で、面目が立たない錦織はイライザの写真に目を向け、その写真が誰かを問題にしてもらえないかと提案。
すると、トキは写真のことは聞かない方が良いと助言。ビール騒動のときにヘブンが大事にしている写真だとわかったからだ。そんなトキの思いやりを、言葉でなく心で感じ取ったヘブンは「シジミサン、チャンピオン、コングラチュレーション」と言い、優勝賞品としてブードゥー人形を渡す。トキの思い出を錦織に語らせなかったヘブンの気遣いと、ヘブンの秘めた思いに土足で踏み込ませなかったトキの気遣い。二人の共通点がすでに見え始めた。針を刺して願ったり呪ったりするという異国の「藁人形」的なブードゥー人形が、第一話冒頭に一家で丑の刻参りをしていたトキのもとに来るのもまた、運命か。
言葉の壁や文化の違いから数々の誤解が生じてきた「ハジメテ」の怖さや不安という負の面から一転、今週は「ハジメテ」の正の面――楽しさ、面白さが描かれた。先週までの地獄から、何も起こらない、バカバカしく楽しい週に見せて、その実、異物との接触や他者理解の原点を見せる、ふじきみつ彦脚本の手腕が光る週だった。
文/田幸和歌子




