毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「この世はうらめしい。けど、すばらしい。」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】トキ(髙石あかり)たちの「優しい嘘」に感動する一方、だいぶ心配な"彼"の様子
※本記事にはネタバレが含まれています。

髙石あかり主演の朝ドラ「ばけばけ」第4週「フタリ、クラス、シマスカ?」では、4週目にして早くも同作のキャッチコピー「この世はうらめしい。けど、すばらしい。」の一つの到達点を迎えた。
傳(堤真一)の死後、織物工場は倒産。トキ(髙石)は再び借金を返すため女郎になることを迫られる。そんな中、一人切迫感を背負ってしまうのが、婿の銀二郎(寛一郎)だ。
借金取りに仕事を紹介してくれと頼み込み、荷運び・内職に加え、遊郭で客引きまで始める銀二郎。しかし、松野家はどこか吞気で、それどころか勘右衛門は「我が家の格が下がる」「おぬしが恥をさらして得た金など一銭も要らん」と銀二郎を叱責するのだ。
とうとう銀二郎は置き手紙を残して出奔してしまう。そこで初めて自らの甘えに気づき、狼狽え涙するトキ。すると、鎧刀すべて売った勘右衛門はその金をトキに渡し、銀二郎の父から聞いた銀二郎の住所を伝え、連れ戻しに行くよう言う。
訪ねた先にいたのは松江の秀才・錦織(吉沢亮)だった。銀二郎は人力車の車夫をやっているという。錦織は大事な試験を前にイライラしていたが、トキを部屋に入れ足の傷薬をくれる。疲れで寝てしまったトキが起きると、帝大生の根岸(北野秀気)と若宮(田中亨)がいた。銀二郎は帝大前で野垂れ死にそうになっていたため連れてきたと二人はいう。また、同居人の錦織は松江随一の秀才で「大磐石(だいばんじゃく)」の異名を持つと教えてくれた。ここは松江の人間が集う下宿だったのだ。
帰宅した錦織も加わり、トキは自分が東京に来た経緯を明かすうち、銀二郎が帰宅。トキに勝手に家を出たことを詫びるが、トキは松野家、そして自身の甘えを詫びる。
しかし、銀二郎は東京にはたくさん仕事があると言い、松野家にはもう戻らないと言い、2人で暮らさないかとトキを誘う。眠れないトキが外に出ると、錦織がいた。錦織は東京はやり直せる場所だと言い、トキにやり直したくないかと問う。
一方、松野家ではトキが血のつながりがないと知り動揺していたことをサワ(円井わん)から聞き、もう戻ってこないのではないかとフミ(池脇千鶴)が不安に駆られていた。司之介(岡部たかし)は「育ててもらった恩」があると言うが自信がなく、東京まで連れ戻しに行くと言い出す。しかし、口にしたのは「おトキだけじゃなく、跡取りも失う」「松野家が終わる」という言葉。自分の借金のせいでトキを幼い頃から働かせてきたのに、「恩」「薄情」と言い、トキよりも「跡取り」「松野家」の方が大事にも聞こえる物言いをする司之介には呆れる。さらに、養子をとる、一から鍛えるという勘右衛門にはドン引きする。しかし、それも時代から取り残された、松江の、元武士の価値観なのだ。
勘右衛門が婿の出奔とトキが東京へ行ったことを雨清水家に報告に行くと、トキの実母・タエ(北川景子)はみんな出て行ってしまうと寂しそうに言う。しかし、男の子を望んでいた勘右衛門がトキを抱いて微笑んだことを思い出し、トキを手放すとき自分達夫婦がトキの幸せだけを願った思いと重ね合わせ、大事な家宝まで売ってトキを夫のもとに行かせた勘右衛門の本音――もう戻らないかもしれない、それでもトキの幸せを願う――を推し量り、松野家に預けて良かったと言う。そして、自ら松江を去ることを告げるのだ。そのどこまでも気高い表情と、背後で家来達が慌ただしく屋敷の片付けをしている様が、うらめしい。
錦織の試験当日。実は錦織は帝大生ではなく、下等小学校しか出ておらず、家は貧しく体も弱く中学は中退で、無資格で教師をしており、中学校教師の資格をとるために来ているのだと銀二郎は明かす。しかし全科目合格すれば帝大卒の資格がとれて校長にもなれる。まさに「やり直す」ために東京に来ていた苦労人だったのだ。
銀二郎が仕事に出た後、東京の街を一人歩くトキ。転んで手を貸してくれた男性のナンパに困惑していると、そこに銀二郎がさっそうと人力車で現れ、そこから2人は束の間の「ランデブー」を楽しむ。見合以来、二度目のランデブーが、あまりに初々しく美しく、悲しい。
試験を終えた錦織と友人・庄田(濱正悟)を労い、一同が宴を催すとき、トキが怪談を披露しようとすると、錦織と庄田に拒まれる。錦織は、怪談は古臭くて好かんと言い、庄田も幽霊や神や魂、目には見えないものの時代はもう終わりだと同意し、日本は過去を振り返ってる場合ではない、これからは西洋を見ないとと語る。過去(松江)を見ず、未来や希望(東京)を見る一同に、トキはおそらく疎外感を感じただろう。
そんなトキを気遣い、根岸は翌朝、西洋の良さを伝えるべく、英国式ブレックファストを用意してくれた。牛乳で乾杯し、口の周りに白いヒゲをつけたトキの笑顔から不意に涙がこぼれる。トキの白いうなじに降り注ぐ眩しい朝陽と、目の前の数々の笑顔、多幸感あふれる光景は、トキを暗闇から救い出そうと差し伸べられた手のようだ。
しかし、その光景が幸せであればあるほど、トキの心の中で広がっていくのは、取り残された松野家、そして松江の風景なのだろう。トキは松江に帰ると言い、銀二郎に泣きながら詫びて別れを告げる。初恋の終わりのような切ないシーンだ。
トキが松江に戻ると、家の外では松野家の笑い声が。みんな白ヒゲではしゃいでいる。1人で帰ってきたと報告し詫びるトキに、一家はもつれあうように駆け寄り、泣き出しそうな顔で「十分じゃ! 1人で十分じゃ!」(勘右衛門)、「よう戻った!」(司之介)、「ええの、うちで?」(フミ)。これだから松野家から離れられないのだ。
勘右衛門が家宝を売らず家の格だけ気にしていてくれたら。司之介がトキを単なる跡取りと見ていてくれたら。フミがただ不安でオロオロ泣いていてくれたら。トキは彼らを見捨てて明るい未来に手を伸ばすことができたかもしれない。でも松野家はトキの幸せを何より願い、トキ不在の悲しみも松野家の終わりすらも受け入れ、それでも牛乳で白いヒゲを作りながら笑っている。辛いときこそ笑顔で、空元気でいることがわかるから放っておけないのだ。
また、銀二郎が薄情な男だったなら、晴れやかな気持ちで前に進めたろうが、残念ながら愛情深く優しい、本当に良い男だ。そんなすべてがうらめしい。
ちなみに、史実ではトキのモデル・セツの最初の夫の出奔先は大阪で、セツが錦織のモデルとなった人物と出会うのは、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)との出会いを経てのことらしい。しかしドラマでは先にトキを錦織と東京で出会わせ、「東京はやり直せる場所」「やり直したくないか?」と言わせ、別の選択肢があることを示唆する。しかも錦織は銀二郎には「妻を大切にしろ」と言い、トキには銀二郎を「あいつは良い男だ」と言う。なんと残酷で悲しく愛おしい作劇だろう。
なぜならトキは目の前に「やり直せる未来」があることを知り、なおもその差し伸べられた手を自らつかもうとしなかったことが明確になるから。そしてトキと銀二郎がそれぞれ思い合っていたことを知る錦織が、二人の悲しい別れを知った上で、後のパートナーとの出会いを目の当たりにするのだから。本当に、人生は本当にうらめしい。けど、すばらしい。
次週はいよいよトキが運命の伴侶に出会う展開が描かれる。借金だらけの4人の生活が戻った松野家の行方とともに見守りたい。
文/田幸和歌子




