突然かかってきた警察からの1本の電話。直後、一瞬にして今までの家族が崩れ去る...。
突然肉親を失った家族が、再び歩き出せるようになるまでを描いたノンフィクションコミックエッセイ『16歳で帰らなくなった弟』。WEB連載や書籍版でも大きな反響を呼んだ作品です。今回は、著者のきむらかずよさんに、事故のことや当時の心境についてお話を伺いました。
自分の経験が誰かの役に立つのなら、描かかなくちゃいけない
――「弟の死」をテーマに漫画を描こうと思ったきっかけや、きむらさんの思いを聞かせてください。
きむらさん:弟が亡くなってすぐ、まだ家族もみんな沈んでいる時期に、何か自分にできることはないかなと思って「いつか漫画家になって弟のことを描こう」と心に決めていたんです。
そしてコロナ禍で時間の余裕ができたタイミングで、ふと「今だったら弟のこと描ける気がする」と思いたちました。生前、弟は「お姉、俺を描け」って言っていたし、「今しかない!」と描きはじめました。
――読者から、どのような反応がありましたか?
きむらさん:この話をブログに描き始めてから読んでくださる方が爆発的に増えました。たくさんのコメントを頂いたのですが、その中で私と同じように家族を亡くした経験のある人が、「自分を重ねて涙が止まりません」とか「抱えていたものをはじめて打ち明けました」とか、自分の辛い思いを吐き出してくれるんです。
大切な人を亡くして悲しみにくれている方は、少しでも救いを求めてブログで自分と同じ立場の人を探しているのだと知って、「自分の経験が誰かの役に立つのならちゃんと描かかなくちゃいけない」という気持ちになりました。そういう人たちに私自身も励まされましたし、一緒に走っているような感覚で描ききることができました。
描くのは辛かったけど、自分を削るほど人に届くんだと実感
――木村さん自身も、事故のことを描くのは勇気がいったことだと想像します。
きむらさん:そうですね。悩みに悩んで、描いてみてしんどくなったらいつでもやめようと思っていました。とくに一緒に亡くなった女の子のことは辛すぎるので触れないでおこうかなと思っていたくらいです。でもいろんな方からのメッセージを読んで、「私も向かい合わなくちゃいけない」「もしかしたらこれを描くことで救われる人がいるかもしれない」というのが頭をよぎりました。描き終えた今、自分を削れば削るほど人に届くんだなということを実感しています。
死ぬほど後悔していることがある
――弟さんと女の子が部屋を通りすぎていくときに、なぜか「声をかけたい」と思ったり、その夜急に動悸がしたり...不思議な「虫の知らせ」のエピソードが印象的でした。
きむらさん:きむらさん:当時、毎日のように弟の友達が家に遊びに来ていたので、いちいち「どこに行くのかな?」なんて思うことはありませんでした。なのに、なぜかその日だけは、弟の足音を聞いた私は読んでいた漫画を置いて立ち上がり、ドアノブに手をかけて声をかけようか迷ったんです。迷っている間に、弟が階段を降りて、ヘルメットをかぶって、玄関を開けて、バイクのエンジンをかけて、行ってしまった...。その記憶がスローモーションのように頭にこびりついているんです。
――その瞬間があったからこそ、あの時止めておけば...という後悔が残ってしまったと。
きむらさん:そうですね。まだ十代だったこともあってものすごく自責の念にかられました。きっと身近な人を亡くした人の多くが、「あの時に限ってこんなことがあった」みたいな経験をされているのかもしれないです。でもこのことは誰にも言ったことがなくて、漫画ではじめて伝えることができました。
「いつも描きながら寄り添ってくれる人がいたのがとても大きかったですね。そして、同じく家族や大切な人をいろいろな形で亡くして悲しみの淵にいる人から、たくさんのコメントをいただきました。1人ではとても書き上げられませんでした」と語るきむらかずよさん。
一番身近な存在の弟を突然亡くすという、つらい現実と向き合い、再び歩き出せるようになるまでは長い道のりでした。「家族のいつもの風景」が決して当たり前ではないということを、改めて思い知らされます。