まず「自分が幸福になること」を考えればいい/岸見一郎「生活の哲学」

定期誌『毎日が発見』の人気連載、哲学者の岸見一郎さんの「生活の哲学」。今回のテーマは「まず自分が幸福になる」です。

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鳥の歌うが如く

いつだったか若い人が、自分が幸福になることと、自分が世の中のためになる存在になることのどちらが大切かとたずねた。

私はこの問いに対して、両方である、つまり、自分が幸福になることが他者のためになることであると答えたが、納得できないようだった。

なぜ話が思うように伝わらないのかと思って話をさらに聞くと、どうやらこの質問をした人は、自分が幸福になることは利己主義であり、反対に、世の中のためになるというのは他者のために自分の幸福は投げ打って自分を犠牲にすることだと考えていることがわかった。

『維摩経(ゆいまきょう)』には釈尊の弟子である文殊菩薩が病気の維摩を訪ねる場面がある。

この病気は何によって起こったのかという問いに維摩は答えた。

「一切衆生が病んでいるので、その故に私も病む」

維摩は、他の人の苦しみをさしおいて、自分だけが幸福になることはできないと考える。

宮沢賢治は、次のようにいっている。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(『農民芸術概論綱要』)

他の人が苦しんでいるのに、そのことが自分とは関係がないと考えるのは間違っていると思うが、そのことと自分が幸福になるということは別問題である。

維摩や宮沢のように考えれば、誰も幸福になれないということになる。

さらに、他者の苦しみを考えないで自分が幸福であろうとする人に対して、「自分のことしか考えていない、自分の幸福ばかり考えないで、他人の幸福について考えなければならない」と自分の幸福を考える人を利己主義者であると攻撃する人がいる。

三木清(※)が次のようにいっている。

「利己主義という言葉は殆どつねに他人を攻撃するために使われる。主義というものは自分で称するよりも反対者から押し附けられるものであるということの最も日常的な例がここにある」(『人生論ノート』)

他者を批判するために使われる「利己主義」というのは、与えないで取ることばかり考えるという意味である。

しかし、ただ取るばかりで与えない人はいない。

反対に、取らないでただ与えるばかりという人もいない。

自分が幸福であろうとする人も、自分では何も与えないでただ取ることしか考えていないということはありえない。

幼い子どもはまわりの大人から不断に援助されなければならないが、ただ与えられているだけかといえばそうではない。

やがて大きくなれば与える側に回るからではない。

生まれたばかりの子どもでも与えられるものがある。

それは「幸福」である。

子どもが生きているだけでまわりの大人は嬉しいのである。

それでは、高齢者はどうだろうか。

病を得て自分で身体を動かすことが難しくなり、子どもらに介護されなければならなくなった人は他者に幸福を与えることができるのか。

できる。

親の介護は苦労する?

それなら、子育ても同じだ。

子どもが生きているだけで嬉しいと思える人は子どもに何の条件もつけていない。

それなら、親が身体を自由に動かせないという条件とは関係なしに親が生きていることを嬉しいと思えるはずである。

幼い子どもは幸福を与えようとは思っていない。

誰もが自分が幸福であれば、その幸福は必ず他者に伝わっていくのである。

身体が弱っていても、そのことで自分が不幸だとは思わず、日々生きる喜びにあふれている幸福な人は幸福を家族に伝えるだろう。

三木は次のようにいっている。

「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現れる。歌わぬ詩人というものは真の詩人でない如く、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではないであろう。幸福は表現的なものである。鳥の歌うが如く自ずから外に現れて他の人を幸福にするものが真の幸福である」(『人生論ノート』)

まず、自分が幸福であることを考えればいいのである。

※哲学者(1897~1945年)。『人生論ノート』は発表から80年を超えて読み継がれている。

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岸見一郎(きしみ・いちろう)先生

1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)をはじめ、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。

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(岸見一郎/KADOKAWA

2018年から今年3月号までの連載が一冊になりました。読者の皆さんから寄せられた質問を手掛かりに、ギリシア哲学の専門家である岸見先生がアドラー心理学も駆使しながら、より良く生きるための考え方を考察します。

この記事は『毎日が発見』2021年2月号に掲載の情報です。

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